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「坂田城跡梅まつり」(横芝光町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「横芝光町」「坂田城跡梅林」で2月27日(土)〜3月20日(祝・日)の期間開催されます「坂田城跡梅まつり」です。

 「横芝光町」は、明治22年(1889年)4月1日の「町村制」の「施行」により、「横芝町」、「古川村」、「栗山村」、「鳥喰上村」、「鳥喰新田」、「両国新田」が合併し、「武射郡」「旭村」が成立、1892年(明治25年)12月28日に「旭村」が「改称」して「横芝村」となり、1897年(明治30年)5月10日「横芝村」が「町制施行」して「横芝町」となり、同年6月1日「JR横芝駅」が開業しています。
 1953年(昭和28年)5月18日「国道126号線」が制定され、昭和30年(1955年)2月1日に「横芝町」が「大総村」、「上堺村」と合併した「旧・横芝町」が成立、同じく明治22年(1889年)に「香取郡」「日吉村」、「匝瑳郡」「南条村」、「東陽村」、「白浜村」が誕生し、これら「4村」が昭和29年(1954年)5月に合併し「旧・光町」が誕生、その後「横芝町」と「光町」が平成18年(2006年)3月27日に合併し、「横芝光町」が誕生しました。

 「横芝光町」は、「千葉県」「北東部」に位置し、「首都」「東京」から約70km、「県庁所在地」「千葉市」から約40km、「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)(2012年12月10日のブログ参照)からは約20kmの「位置」にあります。
 「横芝光町」は、2006年(平成18年)3月27日に「山武郡」「横芝町」と、「匝瑳郡」「光町」が合併し、新たに発足しました。
 「横芝光町」は、「合併前」の「横芝町」と、「光町」は、「別」の「郡」(「歴史的」にはそもそも「上総国」と、「下総国」という別の「令制国」)に所属していましたが、現在の「横芝光町」は、「山武郡」に属しています。
 「横芝光町」の現在の「人口」ですが、「総人口」24730人、「男性」12172人、「女性」12558人、「世帯数」9560世帯となっています。
 (2016年2月1日現在)
 「横芝光町」の「形状」ですが、「東西」約5km、「南北」約14kmと「南北」に細長く、「面積」は66.91平方km、「北」は「香取郡」「多古町」と「山武郡」「芝山町」、「東」は「匝瑳市」、「西」は「山武市」に接し、「南」は「白砂青松」の続く「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)が広がり、「太平洋」に面しています。
 「横芝光町」の「地勢」ですが、「中央部」から「南部」にかけては「平坦地」が続き、「北部」は緩やかな「丘陵地帯」を形成しており、かつて「上総」、「下総」の「国境」でもあった「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)における「最大」の「河川」「栗山川」(2012年2月18日のブログ参照)が、「横芝光町」「中央部」を「北」から「南」に向けて流れています。
 「横芝光町」の「気候」ですが、「黒潮」の「影響」を受け、「年平均気温」は15度、「年間降水量」は1300mm程度で、「夏」涼しく、「冬」暖かい「海洋性気候」となっています。

 「温暖」な「気候」と肥沃(ヒヨク)な「大地」に恵まれ、「横芝光町」では、「良質」な「農産物」を生産しています。
 「横芝光町」では、「畜産」も盛んで「養豚農家」が数多く、「町営東陽食肉センター」は「千葉県内第2位」の「処理実績」をあげています。
 「横芝光町」では、今後「付加価値」の高い「農産物」、「農業体験」・「交流」の「拠点施設」など、新たな「展開」を図っていくそうです。
 また「横芝光町」の「工業」ですが、「成田空港圏」の「地の利」を生かして「企業誘致」を進め、さらに「海老川沼」周辺の「土地利用」も検討されているそうです。
 また「横芝光町」は、「産業」・「文化」・「スポーツ」の「魅力」を複合した「特色」ある「観光地づくり」を行っており、「活気」ある「商業地づくり」も目指しているそうです。
 上記のように「横芝光町」の「産業」は、「農業」・「工業」・「商業」、そして「観光業」と「バランス」がとれた「発展」をしており、活気を生んでいます。

 「横芝光町」の「主産業」である「農業」ですが、上記のように「南北」に細長く「平坦地」が多い「横芝光町」の「地形」と「夏」涼しく「冬」暖かい「海洋性気候」といった「農業」に適した「自然環境」を活かし、発展しています。
 「横芝光町」の「農業」は、「水田農業」を「中心」に「露地野菜」や「施設園芸」を組み合わせた「複合経営」が盛んで、「農産物」では、「水稲」が「中心」であり、「露地野菜」は「スイートコーン」、「ネギ」がよく知られ、「トマト」、「カボチャ」、「ブロッコリー」などの「栽培」も盛んに営まれています。
 また「横芝光町」には「いちご栽培農家」も存在し、12月から5月にはおいしい「いちご」がたくさん収穫されています。

 「横芝光町」の「農業」に従事する「若者たち」は「高収益作物」に取り組んでおり、「ハウス内」で「ミニトマト」、「メロン」や「水耕ミツバ栽培」、近年では「シクラメン」など「花き栽培」もするなど、「経営」の「効率化」を考え、「パソコン導入」し「効率化」を実現しているそうです。

 「横芝光町」を代表する「農産物」といえば「長ネギ」で、昭和43年(1968年)頃から「麦」の「裏作」として「秋冬ネギ」の「栽培」が盛んになり、昭和47年(1972年)には「国」の「産地指定」を受けています。
 「横芝光町」では、昭和40年〜50年代にかけて「宝米地区」や「小田部地区」の「台地畑」が整備されたことも、「ネギ栽培」を後押ししました。
 その後も「栽培方法」の「改良」が重ねられ、現在は「春ネギ」、「秋冬ネギ」とともに「国」の「産地指定」を受け、「ひかりねぎ」の「ブランド名」で「市場」で高く評価されています。
 また、「横芝光町」では「夏ネギ」の「栽培」にも力を入れ、「周年出荷」を実現しています。
 また「横芝光町」では、「特産品」「ひかりねぎ」の「エキス」を贅沢(ゼイタク)に抽出して造られている「ねぎのど飴」も「特産品」として売り出しています。
 「ねぎのど飴」には、「ひかりねぎ」の「エキス」のほか、「キンカンエキス」や「ショウガエキス」も加えられ、マイルドで、「のど」にやさしい「飴(アメ)」に仕上げられています。

 「坂田城跡梅林」ですが、「坂田城跡梅林組合」の「皆さん」が、「梅酒」や、「梅加工用」に出荷している「梅」の「耕作地」で、「観光梅林」ではないため、知る人ぞ知る隠れた「梅林」だったそうです。
 「坂田城跡梅林」は、「梅林」の「樹齢」が約40年で、一本一本が10mに及ぶ「巨木」が1500本(1200本ともいわれる)もあることから、「テレビ放映」や、「各種」「観光雑誌」への「掲載」により、一躍「有名」になると共に、「県下最大級」の「梅林」として「関東近県」にまで知れわたるようになったそうです。

 「坂田城跡梅林」は、「JR総武本線」「JR横芝駅」から「北西」に1.8km、「徒歩」で約25分の「ふれあい坂田池公園」に隣接する「坂田城跡」にあります。
 「坂田城」ですが、15世紀の中頃、「千葉氏」によって築城された「城」といわれ、「坂田城」は、「本丸」、「一の丸」、「二の丸」、「三の丸」、「四の丸」で構成され、「城域」は、「台地」「全体」にわたっており、400年以上破壊されることなく、当時の「遺構」が現存する「千葉県内」でも「貴重」な「城跡」なのだそうです。
 「坂田城」は、戦国時代に周辺を支配していた「井田氏」が築城したと伝えられる、「千葉県内」でも「屈指」の「大規模」な「中世城郭」でした。
 中世の「城郭」は、「石垣」や、「水堀」を多用して「主」に「平地」に築かれた近世の「城郭」とは異なり、「土」を切り盛りして造られた「土塁」・「土橋」・「腰曲輪」、そして「空堀」等を組み合わせ、「大地」や、「丘陵」を巧みに利用して築城されています。
 現在も「坂田城跡」「台地上」の「山林中」に「土塁」・「空堀」などが残っており、「遊歩道」を歩きながら、「巨大」な「土塁」や、幅広い「空堀」を見ることができるそうです。
 「坂田城跡」では、「杉木立」の「本丸跡」を過ぎると、見事に手入れされた「老木の梅林」が少しずつ見えてきて、「坂田城跡梅林」の「中心地」ですが、「本丸」から約1km先の「四の丸」付近に位置しているそうです。

 「坂田城跡梅林」を管理している「坂田城跡梅林組合」と、「横芝光町観光協会」は、「坂田城跡梅林」の「魅力」を知っていただくために、毎年2月に「坂田城跡梅まつり」を開催しています。
 「坂田城跡梅まつり」では、「期間中」「梅農家」(坂田城跡梅林)による「梅農家売店」「梅のおみせ」が2月13日(土)から3月13日(日)の「期間」に、「手作り」の「梅加工品」や、「漬物」の「直売」のほか、「横芝光町」の「地元農産物」の「販売」も予定しています。
 また「坂田城跡梅まつり」では、「期間中」(2月27日〜3月13日)「毎週末」(毎週・土・日曜日)に、「数量限定」で、「芋雑煮」の「無料サービス」も予定しているそうです。
 (11時00分頃から、数に限りあり)
 また「坂田城跡梅まつり」では、「横芝光町観光協会」による「観光協会売店」も設置され、「毎週」「土曜日・日曜日」に開店するそうです。
 「観光協会売店」では、「横芝光町」の「公式マスコットキャラクター」(ゆるキャラ)「よこぴー」(2013年9月1日のブログ参照)の「よこぴーグッズ販売」、「甘酒の無料サービス」、「懐かしの遊びコーナー」、「商工会物産販売」(軽食等)が行われるそうです。
 なお「坂田城跡梅まつり」「観光協会売店」ですが、「梅まつり本部」も兼ねており、「坂田城跡梅まつり」「期間中イベント」の「会場」にもなっているそうです。
 「坂田城跡梅まつり」「期間中イベント」は、下記の通りです。

 2月27日(土) 梅林マルシェ

 ※地元の新鮮野菜などの販売

  3月5日(土) 梅とよこぴーと菜の花の撮影会

 3月12日(土) 大声コンテスト (11時00分〜12時00分) 賞品あり!
        梅干しの種飛ばし大会 (13時00分〜14時00分) 賞品あり!

 3月19日(土) 菜の花摘み取り体験
 ※体験は無料です。

 「坂田城跡梅まつり」「観光協会売店」(梅まつり本部)には、「毎週土曜日」「よこぴー」が遊びに来るそうです。

 「梅農家売店」「梅のおみせ」と、「観光協会売店」の「位置関係」ですが、「横芝中学校」付近「坂田城跡梅林」「梅林入口」から「梅農家売店」「梅のおみせ」までは「徒歩」で約20分となっており、「梅農家売店」「梅のおみせ」から「観光協会売店」までは「徒歩」で約15分となっています。
 ちなみに「坂田城跡」の「梅加工品」は、「坂田城跡梅林組合」でしか買うことができず、「梅農家」の「皆さん」が「愛情」・「真心」を込めて作った「梅加工品」は、「合成着色料」や、「保存料」は一切使っておらず、「昔」ながらの「味」を楽しめるそうです。

 「坂田城跡梅まつり」の「梅の花」を楽しんだ後、「車」で10分程行くと、「横芝光町」の「特産品」が揃う「ひかり直売所」(2012年6月25日のブログ参照)があります。
 「ひかり直売所」は、「地元」「横芝光町商工会」が実施した「むらおこし事業」が「きっかけ」に設立された「直売所」です。
 「ひかり直売所」の取り扱っている「新鮮野菜」、「特産品」ですが、「長ネギ」、「トマト」、「小松菜」、「米」、「切り餅」、「卵」、「生花」、「ねぎのど飴」、「ねぎ入りソーセージ」、「純米酒」「光鬼米」となっています。

 「往時」を偲ばせる「坂田城跡」に開かれている1500本(1200本)の「梅林」が見事な「坂田城跡梅林」で開催される「恒例イベント」「坂田城跡梅まつり」。
 この機会に「横芝光町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「坂田城跡梅まつり」詳細

 開催期間 2月27日(土)〜3月20日(祝・日)

 開催会場 坂田城跡梅林 山武郡横芝光町坂田登城

 問合わせ 横芝光町観光協会 0479-84-1215

 備考
 「坂田城跡梅まつり」の「会場」「坂田城跡梅林」の「梅」の「開花状況」ですが、「横芝光町産業振興課」「Twitter(ツイッター)」でご確認できます。
 「坂田城跡梅まつり」ですが、「荒天」の場合は中止となるそうです。
 「坂田城跡梅まつり」の「会場」「坂田城跡梅林 」、「ふれあい坂田池公園」から「ひかり直売所」に向かう「道中」、「横芝光町」の「中央」を流れる「栗山川」を渡ります。
 「栗山川」ですが、「鮭(サケ)」の遡上(ソジョウ)する「南限」の「川」とされており、毎年「サケの里親募集」や、「放流式」、「秋」には「鮭」の「捕獲見学会」が行われているそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2849 |
| 地域情報::匝瑳 | 12:49 PM |
「おつかれさまデハ1001イベント〜昭和の名車ありがとう〜」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子電鉄」、「仲ノ町倉庫」、「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」で2月27日(土)・28日(日)に開催されます「おつかれさまデハ1001イベント〜昭和の名車ありがとう〜」です。

 「銚子電気鉄道株式会社」(2012年2月11日のブログ参照)は、「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)に「鉄道路線」を有する「鉄道会社」で、「銚子電鉄」あるいは、「銚電」と「略称」されています。
 「銚子電鉄」は、「全長」6.4kmの「銚子駅」(2011年5月7日のブログ参照)から「外川駅(トカワエキ)」(2011年7月7日のブログ参照)までの「10駅」を約20分で結ぶ「地元客」、「観光客」の「皆さん」に「人気」のある「ローカル鉄道」です。
 「銚子電気鉄道株式会社」の「路線」の「延長」(距離)ですが、「芝山鉄道」(千葉県・2.2km)、「紀州鉄道」(和歌山県・2.7km)、「岡山電気軌道」(岡山県・4.7km)、「水間鉄道」(大阪府・5.5km)、「流鉄」(千葉県・5.7km)に次いで、「全国」で「6番目」に短い「鉄道」なのだそうです。
 ちなみに「銚子電鉄」の「起点」は、上述のように「銚子駅」で、「終点」は「外川駅」、「駅数」10駅(起終点駅含む)、「複線区間」なしの「全線単線」で、「最高速度」40km/hの「鉄道」です。

 「銚子電気鉄道株式会社」ですが、1913年(大正2年)に、現在の「銚子電気鉄道」にあたる「銚子」から「犬吠」間の「鉄道路線」を開業したものの、「利用不振」から1917年(大正6年)に「路線」を廃止して解散した「銚子遊覧鉄道」の「関係者」が、再び「路線」を復活させるために「銚子電鉄」を設立したそうです。
 その後、「銚子電鉄」は、1922年(大正12年)7月5日に「銚子」から「外川」間を開業、1948年(昭和23年)8月20日に「銚子電気鉄道」に「社名変更」しており、「銚子電鉄」は、2012年(平成24年)に「開業」90周年を迎えています。

 当ブログでは、「銚子電気鉄道株式会社」「各駅」の「見どころ」や、「おすすめスポット」を、「銚子電鉄」「各駅見処紹介」と題し、「東日本旅客鉄道」(JR東日本)・「銚子電気鉄道」(銚子電鉄)の「共同使用駅」「銚子駅」(JR東日本・管理)から、「仲ノ町駅(ナカノチョウエキ)」(2011年5月11日のブログ参照)、「観音駅」(2011年5月14日のブログ参照)、「本銚子駅(モトチョウシエキ)」(2011年5月16日のブログ参照)、「笠上黒生駅(カサガミクロハエエキ)」(2011年5月20日のブログ参照)、「西海鹿島駅(ニシアシカジマエキ)」(2011年5月26日のブログ参照)、「海鹿島駅(アシカジマエキ)」(2011年5月28日のブログ参照)、「君ヶ浜駅(キミガハマエキ)」(2011年5月31日のブログ参照)
、「犬吠駅(イヌボウエキ)」(2011年6月21日のブログ参照)、「外川駅」の「順」に、「銚子電気鉄道株式会社」の「各10駅」を紹介し、「銚子電鉄」「各駅」の「特徴」、「歴史」、「周辺見処紹介」をアップしています。

 「銚子電気鉄道株式会社」は、昨年(2015年)「駅名」の「ネーミングライツ」(命名権)の「販売」を行う「事業」「駅名愛称ネーミングライツ事業」を実施し、「県内外」から「遊技業者」や、「土木工事会社」、「IT企業」など「6社」が応募し、2015年(平成27年)12月から「7駅」に「愛称」が付けられました。
 昨年12月時点の「駅名愛称ネーミングライツ事業」で決まった「駅」の「愛称」は、下記の通りです。

 仲ノ町駅 カクタ パールショップともえ

 観音駅 藤工務所 藤工務所

 笠上黒生駅 メソケアプラス 髪毛黒生

 西海鹿島駅 根本商店 三ツ星お米マイスター根本商店

 海鹿島駅 藤工務所 藤工務所 文芸の里

 君ヶ浜駅 MIST solution ミストソリューション

 犬吠駅 沖縄ツーリスト One Two Smile OTS 犬吠埼温泉

 「銚子電気鉄道株式会社」「駅名愛称ネーミングライツ事業」の「契約」は1年更新となっており、「初年度」は830万円の「増収」となったそうです。
 ちなみに「銚子電気鉄道株式会社」「駅名愛称ネーミングライツ事業」の「命名権」ですが、「銚子駅」を除く、「仲ノ町駅」から「外川駅」までの「9駅」を80万円〜200万円で「募集」しており、「本銚子駅」と、「外川駅」の「2駅」は、引き続き「スポンサー」を探しており(2015年12月時点)、「命名権販売」(ネーミングライツ)の「収入」は「安全」な「運行確保」のための「車両維持費」などに充てられるそうです。
 また「銚子電気鉄道株式会社」では、新しい「駅名看板」を設置し、「銚子電鉄」「車内」での「新・駅名」の「車内放送」を開始しているそうです。
 なお今年(2016年)に入り「銚子市」に「しょうゆ製造工場」がある「ヒゲタ醤油」(東京都・中央区)(2011年9月10日・2010年12月20日のブログ参照)が、「銚子電気鉄道株式会社」が販売する「駅名愛称ネーミングライツ事業」「命名権」(ネーミングライツ)を購入し、「本銚子駅」の「愛称」を「ヒゲタ400年玄蕃(ゲンバ)の里」と命名したそうです。

 「OTS犬吠埼温泉犬吠駅」は、「銚子電気鉄道株式会社」の「犬吠駅」の「愛称」で、「One Two Smile OTS 犬吠埼温泉」ですが、「銚子電鉄」が募集した「ネーミングライツ」で「One Two Smile OTS 沖縄ツーリスト」が命名されました。
 「OTS犬吠埼温泉犬吠駅」の「命名権販売額」ですが、「年」200万円で契約しており、「命名権販売」ですが、「銚子電気鉄道株式会社」の「経営改善策」の「一環」で、「銚子電気鉄道株式会社」は、「協賛企業」6社との「契約」で「初年度」の「収入」は830万円となるそうです。
 (2015年12月4日現在)

 「デハ1001号」・「デハ1002号」は、「日立電鉄」に譲渡される予定だった「営団地下鉄2000形」のうち、「同社」の「計画見直し」で「譲渡」が中止された「2000形」、「2040号」の「車体」に「同形」「2033」、「2039」の「運転台」を組み合わせて「両運転台化」し、1993年(平成5年)に引退後、「営団1500形電車」(2代)と、「営団地下鉄3000系」の「機器」・「パンタグラフ」・「富士急行モハ5700形」(元・小田急2200形)の「台車」の「取り付け」を行ったものだそうで、「デハ800形」同様、「前面貫通扉」は固定されています。
 なお「パンタグラフ」ですが、「増設運転台」側の「外川寄り」にあります。
 上記のように入線に際しては、「2039号」の「運転台」を流用して両運転台化され、「モーター」(電動機)と「パンタグラフ」には「営団地下鉄日比谷線用3000形」から、「空気圧縮機」と「電動発動機」、「扇風機」は「営団地下鉄1500N形」から、「台車」は「富士急行5725」の「FS316」を利用したものであり、「営団地下鉄2000形」のものではありませんが、初期の「高性能車」の「集大成的存在」として貴重なものを流用していたそうです。

 今回引退する「車両」「デハ1001号」ですが、本来は「9両」が「茨城県」の「日立電鉄」(現・廃止)に入線し、「3000形」の「増備車」になる予定でしたが、実際には「7両」となったため、「日立電鉄側」の「都合」により「キャンセル」となり、「余剰」の「2両」(デハ1001、1002)が「銚子電鉄」にやってきました。
 「デハ1001号」は、2007年(平成19年)4月26日から、「ハドソン」の「支援」を受け「ゲーム」「桃太郎電鉄」「シリーズ20周年記念」の「ラッピング車両」となりました。
 当所3年間の予定でありましたが、2010年(平成22年)4月8日に「継続実施」が発表され、2012年(平成23年)5月16日まで続きました。
 そして「整備」とともに「塗り替え」が行われ、今度は「山吹色」の「銀座線カラー」に塗装変更され、2012年(平成24年)8月11日の「イベント」で初公開されました。
 この「銀座線塗装」は「一般向け」に募った「アンケート」で最も多かった「意見」として採用されたもので、また「方向幕」には「イベント用」として「渋谷」「上野」「浅草」が「コマ」に入っているそうです。

 「銚子電鉄」では、「新型車輛」「3000形」の「導入」に伴い、「デハ1001」が引退することとなることから「デハ1001」の「引退」を記念して「各種イベント」を開催するそうです。
 「おつかれさまデハ1001イベント〜昭和の名車ありがとう〜」「デハ1001・デハ1002最後の共演」と題し開催される「イベント」ですが、2月27日(土)・28日(日)に開催され、「内容」(各種イベント)ですが、「デハ1001おつかれさま運転」、「デハ1001とデハ1002最後の共演」、「記念乗車券・グッズの販売」、「昭和の遊びコーナー」(無料)、「沖縄体感ブース」(無料)、「なりきり制服体験」(無料)、「切符切り体験」(無料)となっています。
 「各種イベント」「詳細」は、下記の通りです。

 「デハ1001おつかれさま運転」は、2月28日(日)に引退する「デハ1001」の「おつかれさま運転」で、「運行ダイヤ」は、「銚子駅」発「外川」行9時49分→以降 「銚子」〜「外川」間運行→「銚子駅」着15時08分「運転終了」となっており、2月28日(日)「銚子駅」15時08分着後、「運転士」への「花束贈呈」が行われるそうです。
 引退する「デハ1001」「前面」に「ヘッドマーク」が装着され、2月27日(土)と、28日(日)では、「デザイン」が異なるそうです。
 詳しい「運行ダイヤ」は、「銚子電鉄」「HP」を参照下さい。

 「デハ1001とデハ1002最後の共演」ですが、2月27日(土)・28日(日)15時30分から16時30分まで行われ、「入場券」150円が必要となる「イベント」です。
 「内容」ですが、「銚子電鉄」「仲ノ町車庫」で「デハ1001」と、「デハ1002」を並べるそうです。

 「記念乗車券・グッズの販売」ですが、2月27日(土)・28日(日)10時00分から15時00分まで「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」を「会場」に行われます。
 「記念乗車券・グッズの販売」の「詳細」は、「銚子電鉄」「HP」を参照下さい。
 なお「記念乗車券・グッズの販売」は、「数量限定」のため、なくなり次第「販売終了」となりますので、ご注意下さい。

 「昭和の遊びコーナー」(無料)ですが、2月27日(土)・28日(日)10時00分から15時00分まで、「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」を「会場」に開催されます。
 「内容」ですが、「ベーゴマ」、「めんこ」、「けん玉」、「ゴム跳び」他となっています。

 「沖縄体感ブース」(無料)ですが、2月27日(土)・28日(日)10時00分から15時00分まで、「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」を「会場」に開催されます。
 「内容」ですが、「ゆびハブ」、「カンカラ三線」、「シーサーペーパークラフト」他となっています。

 「なりきり制服体験」(無料)ですが、2月27日(土)・28日(日)10時00分から15時00分まで、「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」を「会場」に開催されます。
 「内容」ですが、「銚子電鉄」の「駅員」の「制服」を着て、「駅員」になりきることができます。

 「切符切り体験」(無料)ですが、2月27日(土)・28日(日)10時00分から15時00分まで、「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」を「会場」に開催されます。
 「内容」ですが、「なつかし」の「切符切り体験」ができます。

 「銚子電鉄」、「仲ノ町倉庫」、「OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場」で開催される「デハ1001おつかれさま運転イベント」「おつかれさまデハ1001イベント〜昭和の名車ありがとう〜」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「おつかれさまデハ1001イベント〜昭和の名車ありがとう〜」詳細

 開催日時 2月27日(土)・28日(日) 10時〜16時半

 開催会場 銚子電鉄 運行路線各所
      仲ノ町倉庫 銚子市仲ノ町
      OTS犬吠埼温泉犬吠駅前広場 銚子市

 問合わせ 銚子電気鉄道 0479-22-0316

 備考
 今回引退する「デハ1001」と同様に、「元・営団地下鉄」より譲り受けた「車輛」「デハ1002」(2015年1月8日・2014年12月23日のブログ参照)ですが、1994年(平成6年)の「入線」以来、「銚子電鉄」の「路線」を、約20年間走り続けてきましたが、2015年(平成27年)1月10日(土)の「運行」を最後に、その「歴史」に「幕」を閉じています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2848 |
| 地域情報::銚子 | 09:32 PM |
「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「地球の丸く見える丘展望館」で2月28日(日)に開催されます「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」です。

 「地球の丸く見える丘展望館」は、「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)「天王台」にある「施設」で、「銚子市」から「(一社)銚子市観光協会」が「指定管理」を受け、運営しています。
 「地球の丸く見える丘展望館」(2010年8月30日のブログ参照)は、「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「高所」(73.6m)である「愛宕山」の「頂上」に位置する「展望観光スポット」です。
 「地球の丸く見える丘展望館」からの「眺望」ですが、「北」は「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)から「筑波山」を望み、「東」と「南」は「一望千里」に「太平洋」の「大海原」を、「西」は「屏風ヶ浦(ビョウブガウラ)」(2012年5月20日のブログ参照)から「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)まで見渡せます。
 「地球の丸く見える丘展望館」では、「標高」約90mの「展望スペース」から360度の「大パノラマ」が広がり、緩やかに弧(コ)を描いた「水平線」によって、その名の通り、「地球の丸さ」を実感できる「展望施設」となっています。
 「地球の丸く見える丘展望館」からは、「銚子市」が三方を「水」に囲まれている様子が実感でき、「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)「河口」から「君ヶ浜」(2011年6月1日のブログ参照)、「犬吠埼」(2012年4月16日のブログ参照)、上述の「屏風ヶ浦」に至る「海岸線」を望め、「砂浜」あり、「断崖絶壁(ダンガイゼッペキ)」ありと、変化に富んだ雄大な「景観美」を堪能できるそうです。

 「地球の丸く見える丘展望館」には、「地球の丸さ」を実感できる「展望スペース」(屋上)を筆頭に、「銚子」の「特産品」「地酒」・「醤油」をはじめ、豊富な「お土産」・「名産品」が揃った「お土産コーナー」(売店)(1F)、季節ごとに行われる「各種企画展」が定期的に催される「イベントホール」(企画展示室)(2F)、「常設展示」として2012年に認定されました「銚子ジオパーク」(2012年12月9日・9月25日のブログ参照)「関連資料」の「展示」をしている「銚子ジオパーク展示場」(2F)、「銚子海洋研究所」の「イルカウォッチング」(2010年12月19日のブログ参照)で撮影された「写真」の「展示」(2F)、「イルカウォッチング」もしくは「銚子のPR」「映像」を映す「映像鑑賞コーナー」(2F)、「銚子沖」(名洗沖)で実験稼働中の「洋上風力発電」の解説(2Fエントランス)、「展望スペース」に向かう途中にある眺望
のよい「休憩スポット」「喫茶コーナー」・「展望ラウンジ」「くつろぎスペース」「カフェ330」(3F)があります。
 「地球の丸く見える丘展望館」の「イベントホール」ですが、上記のように季節ごとに、「写真展」や「絵画展」など「各種企画展」が行われており、多くの「観光客」、「地元客」の「皆さん」が訪れています。

 「竹久夢二(タケヒサユメジ)」(2011年5月28日のブログ参照)(1884年(明治17年)9月16日〜1934年(昭和9年)9月1日)は、「日本」の「画家」・「詩人」で、「本名」は「竹久茂次郎(タケヒサモジロウ)」です。
 「竹久夢二」は、数多くの「美人画」を残しており、その抒情的(ジョジョウテキ)な「作品」は「夢二式美人」と呼ばれ、「大正ロマン」を代表する「画家」で、「大正の浮世絵師」などと呼ばれたこともあり、また、「児童雑誌」や、「詩文」の「挿絵」も描いたそうです。
 「竹久夢二」は、「文筆」の「分野」でも、「詩」、「歌謡」、「童話」など創作しており、なかでも、「詩」「宵待草」には「曲」が付けられて「大衆歌」として受け、「全国的」な「愛唱曲」となりました。
 また、多くの「書籍」の「装幀(ソウテイ)」、「広告宣伝物」、「日用雑貨」のほか、「浴衣(ユカタ)」などの「デザイン」も手がけており、「日本」の「近代グラフィック・デザイン」の草分けのひとりともいえます。

 「竹久夢二」は、彼自身の独特な「美意識」による「夢二式美人画」と呼ばれる「作品」の多くは、「日本画」の「技法」で描かれ(軸物や、屏風仕立てで遺る)、また、「洋画」(キャンバスに油彩)「技法」による「女性像」や、「風景画」も遺されています。
 好んで「様々」な「表現形式」を試みたそうですが、むしろ、それらは後世になってから評価されたもので、当時の時点においては、印刷された「書籍」の「表紙」や、「広告美術」などが多くの目に触れ、「大衆人気」という形で脚光を浴びたのであったそうです。
 「竹久夢二」は、一時は「中央画壇」への憧れもあったようですが、受け入れられず、終生「野」にあって新しい「美術のあり方」を模索したそうです。

 「世の動き」としてみた場合、「当時の画壇」では「様々」な「芸術思潮」が交錯し、ある意味で胎動期の不足のさなかであったそうです。
 「都市」における「大衆文化の開花」による「消費生活の拡大」を背景とした、新しい「応用美術」としての「デザイン」というものの黎明の時代であり、「夢二」もこれに着目したそうです。
 「竹久夢二」「生涯」の「後期」にいたっては、彼の「図案家」としての「才能」の「実績」において、「生活」と結びついた「美術」を目指し、あるいは「産業」と融合すべきとの「理念」を持ち、むしろ積極的に、「商業美術」(のちにいわれるグラフィック・デザイン)の「概念」を描いていたようです。
 「竹久夢二」の「榛名山産業美術研究所」の「構想」や、「先進欧米視察」への「野望」がこのことを裏付けています。
 「竹久夢二」の「画集」、「詩文集」・「童話」は21世紀に入っても「様々」な「装丁」で刊行されています。

 「竹久夢二」の関わった「女性達」ですが、「竹久夢二」の「恋愛遍歴」についても「数々」の「評伝」があり、自身の「日記」や、「手紙」などで語られる「愛の言葉」は、後世の多くの「創作」の「題材」ともなっています。
 特に、下記3人が「夢二をめぐる3人の女性」として、しばしば取り沙汰されています。

 たまき

 1882年(明治15年)7月28日〜1945年(昭和20年)7月9日、石川県金沢市出身、本名は岸他万喜。

 戸籍上唯一妻となった女性である。
 兄を頼って上京後、結婚歴があり死別した前夫との間に二児があった。
 自立のために早稲田鶴巻町に開店した絵葉書店「つるや」に、夢二が客として毎日店に通いつめた挙句、2ヶ月後には結婚にいたった。
 2年後には離婚するが、その翌年に再び同棲、そして、別居を繰り返す。
 夢二が彦乃を知った後の大正4年(1915年)、たまきと画学生東郷鉄春(青児)との仲を疑い、富山県の海岸で夢二がたまきの腕を刺すことによって破局を迎え絶縁にいたる。
 しかし、たまきは結核療養中の夢二を信州まで見舞い、また夢二亡き後も終生彼を慕い続けたという。

 彦乃

 1896年(明治29年)3月29日〜1920年(大正9年)1月16日、山梨県南巨摩郡西島村(現・身延町西島)生まれ、本名は笠井ヒコノ。別名に山路しの。

 日本橋の紙問屋の娘として裕福に育ち、女子美術学校の学生であった。
 夢二のファンであり、絵を習いたいと「港屋絵草子店」を訪問し、交際が始まる。
 たまきと別れ京都に移り住んだ夢二としばらく同棲するが、大正7年(1918年)九州旅行中の夢二を追う途中、別府温泉で結核を発病。
 父の手によって東京に連れ戻され、夢二は本郷菊富士ホテルに移るが、面会を遮断される。
 御茶ノ水順天堂医院に入院した彦乃は、そのまま短い人生を終える。
 夢二は彦乃を最も愛していたようであり、その死後しばらくショックから立ち直れなかった。
 「彦乃日記」をのこす。

 お葉

 1904年(明治37年)3月11日〜1980年(昭和55年)10月24日、秋田県出身、本名は永井カ子ヨ。

 上京後、東京美術学校のモデルとして人気があった。
 藤島武二、伊藤晴雨らのモデルをつとめた後に、菊富士ホテルに逗留していた夢二のモデルとして通ううちに同棲、渋谷(現在の渋谷ビーム、同地に石碑あり)に所帯をもつ。
 大正13年(1924年)、夢二が設計した世田谷「少年山荘」に一緒に移り住んだ。
 一児をもうけるが夭折。
 翌14年にお葉は自殺を図り、半年後に別離する。
 後、医師と結婚し主婦として穏やかな生涯を過ごした。

 「夢」と「憧れ」に生きた「叙情詩画人」「竹久夢二」は「房総」に魅せられたひとりで、とくに「銚子」の「海岸」は「夢二」の「詩心」をかきたてたらしく、3回も訪れており、なかでも3度目は、明治44年(1911年)8月29日から9月6日までの「長期滞在」であったそうで、この時、「宵待草」の「詩想」が生まれたといわれています。
 大正2年(1913年)11月「実業之日本社」「発行」の「どんたく」に、「原詩」の「八行詩」に改作して掲載されています。

 「宵待草」原詩

 遣る瀬ない釣り鐘草の夕の歌が あれあれ風に吹かれて来る
 待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草の心ともなき
 想ふまいとは思へども 我としもなきため涙 今宵は月も出ぬさうな

 「宵待草」
 待てど 暮らせど 来ぬ人を
 宵待草の やるせなさ
 今宵は月も 出ぬさうな

 大正7年(1918年)秋、この「詩」に「多忠亮(オオノタダスケ)」(当時・宮内庁雅楽部勤務)が「曲」をつけ、「宵待草」は「大ヒット」したそうです。
 「宵待草」ですが、哀愁に満ちた「詩」と、感傷的な「メロディー」は、多くの「人たち」に愛唱され歌い継がれています。
 なお「宵待草」は本来、「植物学的」には「マツヨイグサ(待宵草)」が正しく、「ツキミソウ(月見草)」などと同種の、群生して可憐な「花」(待宵草は黄色、月見草は白〜ピンク)をつける「植物」のことで、「竹久夢二」は後になって誤りに気づいたそうですが、「歌」が有名になりすぎたので訂正しなかったそうです。

 「竹久夢二」は明治40年(1907年)夏に続いて明治43年(1910年)8月、別れたはずの「妻・たまき」をつれて「銚子」の「海鹿島(アシカジマ)」を訪れました。
 当時の「文人・墨客」が利用した「民宿宮下」に投宿、この時、「夢二」は「お島さん」という「女性」と恋仲になっています。
 「宮下」の南隣に住む「元北海道福山藩士」「長谷川康(コウ)」の「三女」「賢(カタ)」が、その人であるといわれています。
 翌年8月29日、「夢二」は再び「海鹿島」を訪れましたが、すでに「お島さん」の「姿」はなく、「お島さん」は、「鹿児島」の「教師」のもとに嫁いでいたそうです。
 「夢二」は「お島さん」のいない「海鹿島海岸」をさまよい、「夏の日」の「恋」を追憶しながら「宵待草」の「詩」をつくりました。
 「海鹿島」にある「詩碑」は、昭和46年(1971年)2月に、「房総夢二会」の「皆さん」により建立され、「長方形」の「コンクリート碑」には、「銅版」に刻んだ「詩文」と、「夢二像」がはめ込まれています。

 「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」ですが、「地球の丸く見える丘展望館」で2月28日(日)に開催される「イベント」で、「開演」は、13時30分、15時30分と1日2回となっています。
 「語り 夢二ひと夏の恋」の「内容」ですが、「竹久夢二」が避暑(ヒショ)で訪れた「銚子の町」を、「夢二」のロマン溢れる「宵待草」の「歌」と共に語るそうです。
 「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」の「出演」は下記の通りです。

 関根まゆみ さん
 手束聡子 さん
 宮本香苗 さん
 伊勢岐代子 さん
 宮内美喜 さん

 また「地球の丸く見える丘展望館」では、「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」と同時開催で、「ようこそ宵待草のふるさと銚子へ2」と題し、「竹久夢二」の「木版画」・「貴重な各種資料展示」も行われます。

 「地球の丸さ」が実感できる「人気スポット」「地球の丸く見える丘展望館」で開催される「催し」「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」詳細

 開催日時 2月28日(日) 開演 13時半〜 15時半〜

 開催会場 地球の丸く見える丘展望館 2F映像ブース 銚子市天王台1421-1

 入館料  大人 380円 小中学生 200円 65歳以上 330円

 営業時間 9時〜17時 (10月〜3月)(晴天時は日没まで)

 ※4月〜9月は、9時〜18時半

 問合わせ 地球の丸く見える丘展望館 0479-25-0930

 備考
 「地球の丸く見える丘展望館」で開催される「歌と語り 夢二ひと夏の恋〜夢二旅情編〜」ですが、「観劇無料」、別途「入館料」が必要です。

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「天空に舞うハープの調べ」(芝山町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「芝山町」「航空科学博物館」で2月27日(土)に開催されます「天空に舞うハープの調べ」です。

 「航空科学博物館」(2011年6月7日のブログ参照)は、「航空」に関する「科学知識」について、その「啓発」を図り、もって「航空思想」の「普及」及び「航空科学技術」の「振興」に寄与し、あわせて「日本」の「航空」の「発展」に資することを「目的」に、「総合的」な「航空思想普及施設」として「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)側に平成元年(1990年)に、「山武郡」「芝山町」「岩山」に開館しました。

 「航空科学博物館」ですが、「中央棟」、「西棟」、「東棟」、「展望塔」、「屋外」からなり、「地上2階一部5階」の「建物」が構成されています。
 「航空科学博物館」「1階」「中央棟」には、「アンリ・ファルマン複葉機」の「実物大復元模型」(イラスト有り)と、「ピストン・エンジンコーナー」、「ミュージアムショップ」「バイプレーン」があり、「航空科学博物館」「1階」「西棟」には、「ボーイング747大型模型」(操縦体験可能・要「整理券」)と「ボーイング747」の「客室」・「コックピット」・「タイヤ」、「DC-8前脚」、「旅客機の胴体比較」(DC-8とYS-11)、「DC8シミュレーター」(パイロット訓練用シミュレーターを改修したもの)があります。
 「航空科学博物館」「ミュージアムショップ」「バイプレーン」には、「航空機」の「スケールモデル」など「航空関係」の「品物」をたくさん取り揃えています。
 「航空科学博物館」「バイプレーン」では、たくさんの「要望」に応え、あの「カレンダー」が戻ってきたそうです。
 「カレンダー」ですが、「世界各地」から「様々」な「航空会社」が乗り入れする「成田国際空港」の「色とりどり」の「航空機」のみならず、「四季折々」の「風景」も、美しい「航空科学博物館」周辺の「情景」の「カレンダー」に仕上がっており、「航空科学博物館」「ミュージアムショップ」「バイプレーン」にて販売しているそうです。

 「航空科学博物館」「2階」「中央棟」には、「下田画伯」の「イラスト」による「飛行機のあゆみ」と、「日本の名機」と「歴史的」な「ソリッドモデル」、「西棟」には、「小型機」・「ヘリコプター」の「コックピット」(「操縦席」に座れます)と「戦前」・「現在」の「パイロット」の「制服比較」、「東棟」には、「NAAコーナー」と、「エコエアポートコーナー」、「成田国際空港」を「インターネット」や「ビデオ」、「模型」等で紹介する「コーナー」があります。

 「航空科学博物館」「2階」「東棟」にある「成田国際空港」を紹介する「NAAコーナー」ですが、昨年(2014年)3月25日に「リニューアルオープン」しています。
 「航空科学博物館」「NAAコーナー」ですが、「成田空港ジオラマ」、「音の体験ルーム」、「情報コーナー」、「エコエアポートコーナー」からなり、「様々」な「方向」から「成田国際空港」について学べる「施設」となっており、白く「スタイリッシュ」な「デザイン」に一新された「成田空港ジオラマ」と、「楽しく、分かりやすく」を「コンセプト」に「内容」を一新した「音の体験ルーム」がリニューアルされています。

 「航空科学博物館」「3階」は、「展望台」(屋上)となっており、「成田国際空港」を「離着陸」する「ジャンボ」を「間近」に眺め、「迫力」ある「航空機」の「エンジン音」を体験できるようになっています。
 「航空科学博物館」「4階」は、「展望レストラン」「バルーン」となっており、「展望レストラン」「バルーン」では、「成田国際空港」の素晴らしい「眺め」を見ながら「食事」ができます。
 「航空科学博物館」「5階」では、「ガイドの説明」(土・日・祝日中心)を「参考」に「離着陸」する「ジャンボ」を見ることができるそうです。
 「航空科学博物館」「屋外」には、「航空機」と「多目的広場」があり、「小型機」や「ヘリコプター」の「実物」を展示、「YS11試作1号機」(イラスト有り)や「セスナ195」「朝風」(イラスト有り)等があり、「有料搭乗航空機」として「プロペラ」が回る「飛行機」や「ヘリコプター」に搭乗できる「有料体験装置」があるそうです。
 「航空科学博物館」の「沿革」ですが、下記の通りとなっています。

 1977年(昭和52年) 地元自治体の芝山町より成田空港の開港に関連した博物館建設の要望が運輸大臣に提出される。

 1984年(昭和59年) 博物館の建設・運営の事業主体となる財団法人航空科学振興財団が設立。

 1988年(昭和63年) 博物館工事に着工。

 1989年(平成元年) 8月1日 開館。

 1994年(平成6年)  入館者100万人を達成。

 1999年(平成11年) 成田空港第1ターミナルビル内にミュージアムショップ「バイプレーン」を開店。

 2004年(平成16年) 1月18日 入館者300万人を達成。

 2011年(平成23年) 6月23日 成田国際空港株式会社が航空科学博物館敷地(駐車場)内に成田空港闘争の史実や反対派のヘルメットなどを展示した資料館「成田空港空と大地の歴史館」を建設し、開館。

 2012年(平成24年) 4月1日 公益財団法人航空科学博物館に移行。

 「航空科学博物館」では、「航空」に関する「科学知識」に関する「講習会」、「講演会」、「見学会」、「航空教室」、「セミナー」等を開催しており、「四季折々」「様々」な「催し」、「イベント」を行っています。
 また「航空科学博物館」では、「展示即売会」(「航空スケッチ大会」、「紙飛行機工作教室」、「航空機の部品」・「航空グッズ」の「販売」を行う「航空ジャンク市」等)などを催行しています。

 「ハープ」(英・harp)は、「西洋音楽」で用いられる「弦鳴楽器」です。
 「ハープ」ですが、「弦鳴楽器」の「5分類」の内「ハープ属」に属し、「楽器用法」としては「弦楽器」に属し、「弓」を使わずにもっぱらはじいて「音」を出すため、「撥弦楽器」に分類されます。
 なお、「オーケストラ」においては、「弦楽器」の「主体」となる「ウ゛ァイオリン属」の「楽器」と、「音色」も「奏法」も大きく異なるため、「弦楽器群」の「楽器」のひとつとしてではなく、「挿入楽器」として扱われ、「日本語」では「竪琴(タテゴト)」と呼ばれる「楽器群」に含まれるそうです。

 「ハープ」は、「共鳴胴」の「両端」を2本の「棹」を立て、2本の「先」を結び、「棹」のうちの「曲線状」になった「方」と、「共鳴胴」との「間」に平行に「弦」を並べて張り、「弦」の「数」ですが、数十本に及び、この「弦」を「指」で弾いて演奏します。
 「ハープ」は、最も古い「楽器」のひとつで、「同種」の「楽器」は「世界各地」に分布しており、「アイリッシュ・ハープ」、「アルバ」がその例です。
 「ワーグナー」「作曲」、「楽劇」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」において、「ベックメッサー・ハープ」が使われ、これは「小型」の「ハープ」であり、「古楽器」に近いそうで、なお、「ブルースハープ」は、「ハーモニカ」の「俗称」で「ハープ」との「直接」の「関連」はないそうです。

 「ハープ」の「起源」ですが、「狩人」の「弓」ではないかと考えられています。
 最も古い「ハープ」の「記録」は紀元前4000年の「エジプト」と、紀元前3000年の「メソポタミア」のものではないかといわれています。
 「ハープ」ですが、古代の「叙事詩」や、「エジプト」の「壁画」に現れ、「世界中」の多くの「音楽文化」で発展し「独自」の「展開」を遂げました。
 「聖書」にも「ハープ」は登場し、「ダビデ王」が最も「著名」な「ミュージシャン」でありますが、実際にはその「ハープ」は「kinnor」と呼ばれ、「十弦」の「一種」の「リラ」であったそうです。
 「レバーハープ」(lever harp)は「演奏中」に「キーチェンジ」を可能にするもので、17世紀に生まれ、これが発展し、「近代的」な「コンサートハープ」が生まれました。

 現代の「西洋音楽」の「演奏」や、「オーケストラ」、「室内楽」などで広く用いられている「ハープ」は、「ダブル・アクション・ペダル・ハープ」です。
 これは、「主」に47本の「弦」を「変ハ長調全音階」で張り(半音低く調律された白鍵のみのピアノのイメージ)、7本の「ペダル」(上から順にフラット、ナチュラル、フラット)を「足」で操作することにより、「各オクターブ」の「ハ」、「ニ」、「ホ」、「ヘ」、「ト」、「イ」、「ロ」それぞれの「弦」を同時に「半音」上げたり、「全音」上げたりできるようになっている「ハープ」です。
 「全音階ハープ」を「転調」などに対応できるようにするため、「楽器職人」「セバスチャン・エラール」等により作られました。
 この「仕組み」により、「様々」な「調」を演奏することができますが(調によっては異名同音的に)、どんなに熟練しても「ペダル」の「操作」を全くの瞬時に行うことは「不可能」であるため、「オーケストラ」などでは2人で演奏することによって、「ペダル操作」の「不完全さ」を補うことがあるそうです。
 また、「ダブル・アクション・ペダル・ハープ」に代わる「楽器」として、「半音」ごとに「弦」が張られた「クロマティック・ハープ」というものも19世紀に作られましたが、結局は廃れてしまったそうです。

 「ハープ」の「音域」は「6オクターブ半」を持ち、「最高音」は「中央ハ」の「3オクターブ半上」の「変ト」(ペダルで嬰ト(えいト)になる)、「最低音」は「中央ハ」の「3オクターブ下」の「変ハ」です。
 「ハープ」のいちばん「高音」から「0オクターブ」(2音のみ)、「1オクターブ」…「7オクターブ」(3弦のみ)と数えるそうです。
 「ハープ」の「弦」には「識別」のために「色」が付けられており、「各オクターブ」の「ハ」(C)の「音」が「赤」、「ヘ」(F)の「音」が「青」(黒)となっています。

 「天空に舞うハープの調べ」ですが、「航空科学博物館」「西棟」「1階」を「会場」にして開催される「」で、2月27日(土)の12時00分からと、15時00分からの1日2回行われます。
 「天空に舞うハープの調べ」の「料金」ですが、「入館料」のみとなっています。
 「天空に舞うハープの調べ」の「演奏者」ですが、「Yasuko」さんだそうです。

 「航空専門」の「科学博物館」「航空科学博物館」で開催される「イベント」「天空に舞うハープの調べ」。
 この機会に「芝山町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「天空に舞うハープの調べ」詳細

 開催日時 2月27日(土) 12時〜、15時〜

 開催会場 航空科学博物館 西棟1階 山武郡芝山町岩山111-3

 開館時間 10時〜17時 (入館締め切り 16時半)

 休館日  月曜日 (祝日の場合 翌日)

 入館料  大人500円 中高生300円 4歳以上〜小学生200円

 問合わせ 航空科学博物館 0479-78-0557

 備考
 「航空科学博物館」では、3月5日(土)10時00分〜17時00分・3月6日(日)10時00分〜16時00分に「人気イベント」「航空ジャンク市」が開催されます。
 「航空ジャンク市」の開催に伴い、「ライブラリー」・「多目的ホール」の「利用」ですが、3月1日(火)から6日(日)まで「休止」となり、また「DC-8シミュレーター」の「運航」ですが、3月1日(火)、3月4日(金)〜6日(日)までは「休止」となるそうですので、ご注意下さい。

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| 地域情報::成田 | 08:25 PM |
「田近憲三拓本コレクション展」(成田市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「成田市」「成田山書道美術館」で2月27日(土)〜4月17日(日)の期間開催されます「田近憲三拓本コレクション展」です。

 「成田山書道美術館」(2011年6月5日のブログ参照)は、「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)の「大本堂」の「奥」に広がる「成田山公園」(2011年11月8日・2010年11月12日のブログ参照)の「一角」に建つ「書」の「専門」「美術館」です。
 「成田山書道美術館」は、「水」と「木々」が快(ココロヨ)い「調和」を生んでいる「成田山公園」の「三の池」の「畔(ホトリ)」に佇んでおり、「成田山書道美術館」「館内」には、「書の世界」が広がっています。
 「成田山書道美術館」は、江戸末期から現代に至る「日本」の「書道作品」や「資料」を収蔵し、展示しており、特に「成田山書道美術館」では、あまりにも現代に近いが故(ユエ)に見過ごされがちな「近代日本」の「書作品」を広い「視野」から収蔵しています。

 「成田山書道美術館」「展示棟」1階ですが、「吹き抜け」になった「中央プラザ」をもつ「企画展示室」や「高さ」13mの「壁面」をもち、ゆったりとした「空間」で「作品」を鑑賞することができます。
 「成田山書道美術館」2階ですが、「常設展示室」となっており、「回廊式」の「ギャラリー」となっています。
 「成田山書道美術館」は、「書」の「総合美術館」として、優れた「作品」を鑑賞できることはもちろん、「作品」の「保存」・「研究」・「普及」など、「専門家」から「一般の人」が楽しめるそうです。

 「成田山書道美術館」は、「近現代」の「書蹟」の「収蔵」では、「質量」ともに「群」を抜いており、これらを生かした「展示」・「普及」・「研究活動」が行われています。
 「成田山書道美術館」ですが、「書」を「専門」とした「美術館」として「書文化」の「興隆」に貢献し、「書」を含む「美術」「全般」に「目」を向け、「美術館」の「施設」を生かした「複合的」な「展示」に取り組んでおり、「書」は「苦手」という「人」でも「抵抗」なく楽しめるように「展示」・「運営」されています。

 「成田山書道美術館」では、「テーマ」を変えながら「年間」6〜7回「展示」を行っています。
 「近現代」の「書」は、「鑑賞」という「点」において、「絵画」や「彫刻」などと比べるとまだまだ「発展途上」のようですが、「成田山書道美術館」では、「様々」な「切り口」での「展示」を「企画」し、「書の魅力」を「多方面」に感じられる「場」を提供しています。

 「田近憲三拓本コレクション展」ですが、「成田山書道美術館」で2月27日(土)から4月17日(日)までの「期間」開催される「コレクション展」です。
 「田近憲三拓本コレクション展」の「開催要項」、下記の通りです。

 田近憲三(1903年〜1989年)は、南画家の田辺竹邨を父に持ち、京都一中を卒業後はパリにおいて油彩画と美術史を学び、後に美術評論家として活躍しました。
 評論家としての活動もさることながら、彼の業績として必ず挙げられるのが今回出陳する拓本のコレクションです。
 中国学者の長尾雨山に漢学の薫陶を受けた田近憲三が蒐集したコレクションは、現在、当館に収蔵されています。
 コレクションの内容は中国の拓本が大半を占めています。
 また、時代的にほぼ網羅されて稀少なものも多く含まれています。
 多くの拓本が、第二次世界大戦後すぐの混乱期に蒐集されたという時代背景や、彼自身が装丁を手掛けた拓本からは、彼のコレクションに対する篤い情熱が感じられます。
 本展では、一千点を超える蒐集拓本から、雑誌「書品」や「書跡名品叢刊」の底本として用いられたものをはじめ、前回の田近憲三拓本コレクション展で出品できなかったものを含む70余点を出陳致します。
 国内有数の内容を誇る拓本コレクションをお楽しみいただけましたら幸いです。
 なお、1階の展示は、4月1日より第32回成田山全国競書展となります。

 「成田山書道美術館」「HP」「催事案内」参照、原文まま表記

 「書」の「総合美術館」「成田山書道美術館」で開催される「コレクション展」「田近憲三拓本コレクション展」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「田近憲三拓本コレクション展」詳細

 開催期間 2月27日(土)〜4月17日(日)

 開館時間 9時〜16時(最終入館は15時半まで)

 開催会場 成田山書道美術館 成田市成田640

 休館日  月曜日 (月曜が休日の場合開館し、翌日休館)

 入館料  大人500円 高校・大学生300円 中学生以下無料

 問合わせ 成田山書道美術館 0476-24-0774

 備考
 「成田山書道美術館」では、「成田山書道美術館」「受付スタッフ」を募集しているそうです。
 「成田山書道美術館」「受付スタッフ」「仕事内容」ですが、「受付業務」、「販売業務」、「館内巡視業務」、その他総務の指示による「ポスター配布」、「展示作業」、「イベント業務補助」等となっているそうです。
 詳しくは、「成田山書道美術館」「HP」「成田山書道美術館受付スタッフ募集」を参照下さい。

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| 地域情報::成田 | 06:23 PM |
「東庄町公民館まつり」(東庄町)
 本日ご紹介するのは、となりまち「東庄町」「東庄町公民館」で2月28日(日)に開催されます「東庄町公民館まつり」です。

 「東庄町」(2012年4月15日・2012年4月5日のブログ参照)は、「千葉県」「北東部」に位置する「まち」で、「首都」「東京」から約80km圏、「成田」から約30km圏の「位置」にあり、「東」は「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)、「南」は「旭市」、「西」は「香取市」と接し、「北」は「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)を隔てて、「茨城県」「神栖市」と接しています。
 「東庄町」の「面積」ですが、46.16平方kmで、「東庄町」の「地形」ですが、「東西」に約9km、「南北」に約10.5kmの「台形状」をなしています。
 「東庄町」の「気候」ですが、「表日本温暖気候」に属しており、「東庄町」の「平均気温」は15.5℃で、「冬の間」は「首都」「東京」より2〜3℃暖かく、「夏の間」は「逆」に涼しい「まち」として知られています。

 「東庄町」ですが、「北西」は「八溝山地」の「末端」にある「筑波山」を望み、「東庄町」を含む「一帯」は「水郷筑波国定公園」(2012年8月3日のブログ参照)の「区域」に属しています。
 「東庄町」の「まち」の「中央」は「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「一角」をなし、「標高」の「最高地点」は「小南状山地先」は56.5m、また「北部」・「南部」に傾斜し「低地」を形成し、「最低地点」は、「笹川港」付近となっており、1.6mとなっています。
 「東庄町」の「低地」は「水田」に利用され、「台地」は「斜面」が「森林」に、上部の「平地」は「畑作」に利用されています。
 「東庄町」の「集落」ですが、「笹川地区」が「国道356号線」沿いに「街区」を形成しているほか、それぞれの「地区」では「集落形態」で分布しています。

 「東庄町」ですが、昭和30年(1955年)7月20日、「笹川町」、「神代村」、「橘村」、「東城村」の「1町3村」が合併し、「東庄町」が誕生しました。
 「東庄町」の「町名」は、昔この「地域」が「東氏(とうし)」の「荘園」であったことが「由来」なのだそうで、その後、昭和31年(1956年)4月に「大字桜井」が「干潟町」(現在の「旭市」)に編入し、現在に至っています。

 「東庄町」の「まち」の「基幹産業」は、「稲作」や「畑作」などの「農業」です。
 「東庄町」の「農業」ですが、「コカブ」、「いちご」、「水耕ミツバ」、「長ネギ」、「サンチュ」、「春菊」、「大根」、「千両」、「キャベツ」等があげられます。

 「東庄町」「周辺地域」では昭和40年代から昭和60年代にかけての「高度経済成長期」に、「鹿島臨海工業地帯」への「企業進出」と「鹿島港」「開港」、「新東京国際空港」(現在の「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照))の「開港」、「東関東自動車道」の「延伸」などの「開発」が進み、「成田市」や「茨城県」「神栖市」などの「事業所」に「東庄町」から多くの「人」が就業しています。
 また、「東庄町」でも「東庄工業団地」(宮野台地先)を造成し、昭和62年(1987年)から平成元年(1989年)にかけて「企業」を誘致し、現在では10社の「企業」が操業しており、「身近」な「就業先」として「東庄町民」の「受け皿」となっています。
 平成22年(2010年)に「東庄町民」の「皆さん」を「対象」に実施した「アンケート」では、「まち」の「誇り」として「自然」が「上位」に挙げられました。
 「東庄町」に住む「皆さん」が「愛着」を持つ「豊富」な「自然環境」を「大切」にしながら、「東庄町」では、「バランス」よく「地域」を発展させていくことが求められています。
 「東庄町」ですが、昨年(2015年・平成27年)、「町制施行60周年」を迎えています。

 「東庄町公民館」は、「老朽化」に伴う「改修工事」を実施し、平成22年(2010年)12月1日にリニューアルオープンした「公共施設」です。
 「東庄町公民館」は、「社会教育活動」の「拠点」として、「生涯学習の場」、「町民の憩いの場」、「仲間づくりの場」として、「東庄町」「町民」がいつでも気軽に利用できる「施設」となっています。

 「東庄町公民館まつり」ですが、「東庄町公民館」を「会場」として行われている「サークル活動」や、「東庄町公民館」「主催」の「教室」・「講座」などで学習した「成果」を、「舞台発表」や、「作品展示」、「写真」などで紹介すると共に、「実演」・「体験」などを通して、多くの「方」に「公民館活動」の「理解」と、「生涯学習」への「参加意欲」を促す「催し」となっています。
 なお「東庄町公民館」で開催される「各種学習講座」、「文化講演会」、「文化祭」、「公民館まつり」などは、「教育課生涯学習係」が担当しています。

 「東庄町公民館まつり」ですが、「公民館」を「中心」に活動している「サークル活動」、「グループ」などが「日頃」の「活動」、「成果」などを披露する「催し」です。
 「東庄町公民館まつり」は、2月28日(日)9時30分から14時30分まで開催される「恒例」の「イベント」で、「東庄町公民館まつり」の「内容」ですが、「展示」、「体験コーナー」、「模擬店コーナー」、「スタンプラリー&クイズ」となっています。

 「展示」ですが、「公民館」を「中心」に活動している「皆さん」の「作品」を展示しており、「開催会場」は、「郷土資料室」、「玄関ホール」ほか、「展示ロビー」、「研修室A」、「研修室B」、「第1会議室」、「大ホール脇」で開催され、「展示日時」は、2月28日(日)9時30分から14時30分までとなっています。
 (「展示ロビー」のみ「展示期間」は、2月28日(日)から3月11日(金)までとなっています。)
 「展示」の「会場」、「内容」は、下記の通りです。

 郷土資料室 「写真でみる 昭和の東庄町」展

 玄関ホールほか 家庭教育学級 「活動のようす」
        あみもの教室 受講生作品

 展示ロビー 篆刻・書道・少年書道・水墨画・俳句・絵手紙・パンフラワー

 研修室A 陶芸

 研修室B 山野草

 第1会議室 きりえ

 大ホール脇 絵画 (油彩・水彩)

 「体験コーナー」ですが、10時00分から行われ、「ふれあい」、「体験」、「挑戦」を掲げ、開催されるそうです。
 「体験コーナー」の「内容」は、下記の通りです。

 「パンの花サークル」

 かわいい「かたつむり」をつくろう!

 会場  1階ロビー奥

 参加費 200円

 「きりえ同好会」

 好きな絵がらを選んできりえにチャレンジ!

 会場  1階第1会議室

 参加費 無料

 「囲碁・将棋愛好会」

 初心者大歓迎!
 知恵比べしませんか?

 会場  2階第2和室

 参加費 無料

 「おはなし会」

 時間  10時30分〜

 会場  2階視聴覚室

 入場  無料

 内容

 林優子先生の語り&たんぽぽの会の大型絵本の読み聞かせ

 3枚のお札
 もったいないばあさん
 なにをたべてきたの 他

 ※おはなし会ですが、「参加賞」があるそうです。

 「模擬店コーナー」ですが、10時00分から行われ、「内容」は、下記の通りです。

 「お茶の間教室」

 セサミドーナツ 100円
 リンゴケーキ 200円
 ババロア 100円

 「ひまわり会」

 ころころカステラ 100円
 ゼリー 50円
 コーヒー 100円

 「ポプラ教室」

 まぜごはん 250円

 「スタンプラリー&クイズ」ですが、「東庄町公民館」「受付」1階「公民館事務室」で開催され、「チャレンジ」は1回だけ、「小学生」以下「対象」に行われるそうです。
 「スタンプラリー&クイズ」の「参加費」は「無料」となっており、「お楽しみ景品」があるそうです。

 「東庄町民」の「憩いの場」「東庄町公民館」で開催される「恒例」の「催し」「東庄町公民館まつり」。
 この機会に「東庄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「東庄町公民館まつり」詳細

 開催日時 2月28日(日) 9時半〜14時半

 開催会場 東庄町公民館 香取郡東庄町笹川い4713-11

 「東庄町公民館まつり」「芸能プログラム」

 9時30分

 舞踏 舞 真秀会舞踏教室

 舞踏 よだうら祭 真秀会舞踏教室

 民謡 外山節 民謡三絃会

 民謡 鰺ヶ沢甚句 桃宏会

 民謡 新さんさ時雨 民謡三絃会

 歌 かえり船 歌謡愛好会

 10時00分から

 よさこい 南中ソーラン/SUGGOI WORLD! 華舞然蓮

 舞踏 鳥海山 真秀会舞踏教室

 民謡 りんご節 民謡三絃会

 民謡 朝の出がけ 桃宏会

 民謡 石狩川流れ節 民謡三絃会

 フラメンコ セビジャーナス ビエント

 歌 月物語 歌謡愛好会

 歌 サヨナラ横浜 歌謡愛好会

 舞踏 南部蝉しぐれ 真秀会舞踏教室

 よさこい よさこい総乱舞 風炎花 華舞然蓮

 フラダンス 好きになった人 フラダンス研究会

 11時00分から

 ダンス 恋のバカンス ピアダンス

 民謡 鰺ヶ沢甚句 民謡三絃会

 民謡合唱 花笠音頭 桃宏会

 民謡 津軽音頭 民謡三絃会

 歌 赤いハンカチ 歌謡愛好会

 舞踏 なみだ百年 真秀会舞踏教室

 ダンス 世界に一つだけの花 ピアダンス

 ダンス ダンシングクイーン/ラッキー・ストライク ジャスダンス ママ・マリア

 舞踏 木更津甚句 真秀会舞踏教室

 歌 無法松の一生 歌謡愛好会

 12時00分から

 あいさつ

 大正琴 川は流れる/大利根ながれ月 おおむらさき五弦会

 大正琴 いつでも夢を/おまえと一人 おおむらさき五弦会

 民謡 秋田舟方節 桃宏会

 民謡合奏 ワイハ津軽甚句 桃宏会

 民謡 朝の出がけ 民謡三絃会

 民謡 津軽あいや節 民謡三絃会

 ダンス ドンパン節 ピアダンス

 舞踏 風流江戸ばなし 真秀会舞踏教室

 13時00分から

 歌 とまり木夢灯り 歌謡愛好会

 民謡 津軽タント節 民謡三絃会

 三味線合奏 津軽じょんがら節 曲引 民謡三絃会

 舞踏 夢色音頭 真秀会舞踏教室

 ダンス 恋しているんだもん フラダンス研究会

 フラメンコ ファンタンゴ・デ・ウエルバ ビエント

 14時00分から

 合唱 みんなで歌えば/旅のおもい/さっちゃん/いぬのおまわりさん/海の若者/風が 東庄合唱団 響

 問合わせ 東庄町公民館 0478-86-1221

 備考
 「東庄町公民館まつり」の「駐車場」ですが、「東庄町公民館」「駐車場」・「東庄町役場」「駐車場」・「水防倉庫」「駐車場」(東庄町民体育館向かい)を利用下さいとのことです。
 「東庄町公民館まつり」に「自転車」・「バイク」でお越しの「方」は、「東庄町公民館」「線路側」の「駐輪場」を利用下さいとのことです。
 (路上駐車はご遠慮下さい。)

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| 地域情報::香取 | 10:30 AM |
「菅原大神春の例祭」(銚子市)
 本日ご案内するのは、地元「銚子市」「菅原大神」で2月25日(木)に開催されます「菅原大神春の例祭」です。

 「菅原道真(スガワラノミチザネ)」公は、「日本」の平安時代に活躍された「貴族」、「学者」、「漢詩人」、「政治家」で、「参議」・「菅原是善(スガワラコレヨシ)」公の「三男」として生まれ、「官位」は「従二位」・「右大臣」、「贈正一位」「太政大臣」に就かれていた「人物」です。
 「菅原道真」公の「菅原家」は、「天穂日命(アメノホヒノミコト)」に「起源」をもち、「曾祖父」「菅原古人」公の時代に、「学問」をもって「朝廷」に仕える「家柄」となっていたそうです。
 「菅原道真」公の「祖父」「菅原清公(スガワラノキヨキミ/キヨトモ)」公と「父」「菅原是善」公は、ともに「大学頭」・「文章博士」に任ぜられ「侍読」も務めた「学者」の「家系」であり、当時は「中流」の「貴族」であったそうで、「母方」の「伴氏」ですが、「大伴旅人(オオトモノタビト)」公、「大伴家持(オオトモノヤカモチ)」公ら「高名」な「歌人」を輩出しています。
 「菅原道真」公の「正室」は「島田宣来子」(「島田忠臣」の「娘」)、「子」は「長男」・「高視」や「五男」・「淳茂」をはじめ「男女」多数で、「子孫」もまた「学者」の「家」として長く続き、特に「高視」の「子孫」は「中央貴族」として残り、「高辻家」・「唐橋家」をはじめ「6家」の「堂上家」(半家)を輩出しました。
 「菅原高視」の「曾孫」・「道真五世」の「孫」が「孝標」で、その「娘」「菅原孝標女(スガワラノタカスエノムスメ)」(「更級日記」の作者)は「菅原道真」公の「六世」の「孫」に当たるそうです。
 上記のように「菅原道真」公の「祖父」「清公」公は「私塾」を設け、「同所」からは「朝廷」の「要職」に「数々」の「官人」を輩出し、「菅原家」は「一大学閥」となっていったそうです。

 「菅原道真」公は、類(タグ)いまれなる「才能」の「持ち主」であり、「人々」から厚い「信頼」を得ており、その「ご生涯」は、「政略」による「左遷(サセン)」など波瀾万丈(ハランバンジョウ)のものでした。
 「菅原道真」公は、「幼少の頃」より「学問」の「才能」を発揮され、わずか 5歳で「和歌」を詠まれるなど、「神童」と称されていました。
 「菅原道真」公が「幼少期」につくったとされる「漢詩」は、下記の通りです。

 月夜見梅花

 月耀如晴雪 梅花似照星
 可憐金鏡転 庭上玉房馨

 月の輝きは晴れたる雪の如し
 梅花は照れる星に似たり
 憐れむべし 金鏡転じ
 庭上の玉房の馨れることを

 今夜の月の光は、雪にお日さまが当たった時のように明るく、
 その中で梅の花は、きらきらと輝く星のようだ。
 なんて素晴らしいのだろう。
 空には月が輝き、この庭では梅の花のよい香りが満ちているのは。

 「菅原道真」公は、さらに「勉学」に励み、「学者」としての「最高位」であった「文章博士(モンジョウハカセ)」となり、「栄進」を続けられ、「青年期」は「学問」だけではなく、「弓」にて百発百中(ヒャッパツヒャクチュウ)の「腕前」を披露されるなど、「文武両道」に傑出した「人物」として、その名を馳せていました。
 「菅原道真」公が「京都」から「讃岐国」の「長官」として赴任された際、疲弊していた「国」を建て直すなど「善政」を行い、住民に大変慕われました。
 その「実績」が「宇多天皇」に認められ、「菅原道真」公は、「京都」に戻り、厚い「信任」を受け、ますます「政治」の「中心」でご活躍されました。
 「菅原道真」公は、寛平6年(894年)、「唐」(当時の中国)の「国情不安」と「衰退」を「理由」に「遣唐使(ケントウシ)停止」を建議され、後の「国風文化」の「開花」に大きな「影響」を与えました。
 その後「菅原道真」公は、「右大臣」に任じられ、「国家」の発展に尽くされていましたが、「左大臣」「藤原時平」の「政略」により、身に覚えのない「罪」によって「大宰府(ダザイフ)」に突如「左遷(サセン)」されることとなってしまいました。

 「菅原道真」公は、「ご家族」とも十分な「別れ」も許されないまま「京都」を離れる際、「ご自宅」の「梅の木」に「別れの歌」を詠まれたそうです。
 「京都」を離れる際に、「菅原道真」公が詠まれた「和歌」は、下記の通りです。

 東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花
 あるじなしとて 春な忘れそ

 春風が吹いたら、香りをその風に託して大宰府まで送り届けてくれ、梅の花よ。
 主人である私がいないからといって、春を忘れてはならないぞ。

 「菅原道真」公は、「大宰府」では、「衣食」もままならぬ、厳しい「生活」を強いられながらも、「皇室」の「ご安泰」と「国家」の「平安」、また「ご自身」の「潔白」をひたすら「天」にお祈りされ、「誠」を尽くされました。
 「菅原道真」公は、延喜3年(903年)2月25日、その清らかな「ご生涯」を閉じられました。
 「菅原道真」公の「死後」、「天変地異(テンペンチイ)」が多発したことから、「朝廷」に「祟り」をなしたとされ、「天満天神」として「信仰」の「対象」となったそうです。
 「菅原道真」公の「死後」、「朝廷」でも「無実」が証明され、「人」から「神様」の「御位」に昇られた「菅原道真」公は、「太宰府天満宮」に「永遠」に静まり、「学問の神様」・「至誠の神様」として、現在に至るまで永く「人々」の「信仰」を集めており、一般に今日(コンニチ)の「天神さま」の「ご利益」とされているのは、「受験合格」、「詩歌・文筆・芸能上達」、「農業守護」、「商売繁盛」、「病気平癒」といったものだそうです。

 「菅原道真」公は、「福岡県」「福岡市」「中央区」「天神」に鎮座する「水鏡天満宮」(水鏡神社)の「御祭神」として祀られており、「水鏡天満宮」(水鏡神社)には、下記の「由来」が伝えられています。

 この神社は一名水鏡天満宮という。
 社伝によると延喜元年(901年)菅原道真公が太宰権帥に左遷されて博多に上陸の時、四十川(現在の中央区今泉)の清流を水鏡として姿をうつされたので後世その地に社殿を建てて水鏡天神(スイキョウノテンジン)、又容見天神(スガタミテンジン)といった。
 慶長17年(1612年)初代藩主黒田長政が現在の地に移築遷座し、寛永18年(1641年)二代藩主黒田忠之が社殿を再建した現在福岡市の中心「天神」の地名は当社に由来す。
 社宝として、水鏡天神縁起、(大鳥居信祐筆)、鏡天神縁起、渡唐天神像、その他がある。
 尚当宮正面鳥居扁額は、元総理大臣広田弘毅が小学生の時揮毫したものである。
 (鳥居扁額ですが、「北側」は黒田家13代目で貴族院副議長にもなった黒田長成揮毫のもので、南側が昭和の首相広田弘毅の小学生の時の揮毫といわれています。)

 現在の「水鏡天満宮」は、上述のように、当初建設された「場所」から移転されていますが、それは戦国時代に「福岡藩」の「初代藩主」となった「黒田長政」が「水鏡天満宮」を「福岡城」の「鬼門」にあたる「場所」、「東の鎮守」の「思い」を込めて移したためだそうで、そのまま現在の地に鎮座しています。
 また、「水鏡天満宮」(水鏡神社)(水鏡天神)(容見天神)ですが、「菅原道真」公が「博多」に上陸された際、近くの「川」(現在の薬院新川)に「自分」の「姿」を映し、やつれた「姿」を嘆き悲しんだことにちなんで建立されたそうです。
 なお「菅原道真」公を祀る「天神信仰」の「神社」は「全国」に約10400社にのぼり、その「総本宮」ともいえる「北野天満宮」(京都)と、「太宰府天満宮」(福岡)をはじめ、「各地」の「天神社」・「天満宮」では、毎月、「命日」の25日前後に「天神祭」が行われており、なかでも「大阪天満宮」で行われる「天神祭」(7月25日)は、「全国」でも有数の盛大な「夏祭り」として有名です。

 「菅原大神」ですが、「銚子市」「桜井町」に鎮座する「桜井里」の「鎮守」で、1131年(天承元年)11月の「創建」とされ、現在の「菅原大神」「社殿」ですが、1987年(昭和62年)に建立されており、「菅原大神」の「敷地」187坪の「境内」には「萱葺流造」の「本殿」が建っています。
 「菅原大神」は、「菅原大神」という「名」の通り、「菅原道真」公を祀る「神社」で、「菅原道真」公は、上記のように「学問の神様」・「至誠の神様」として、現在に至るまで永く「人々」の「信仰」を集め、「地元」では「天神さま」と呼ばれ、「菅原大神」は「子授け」の「ご利益」があることでも「全国的」に知られています。

 「銚子市」の「西部」、となりまち「東庄町」(2012年4月15日のブログ参照)に程近い「市内」「桜井町」に鎮座している「菅原大神」は、「古来」より「桜井の鎮守」として「遠近」の「信仰」があつく、「別名」「子宝神社」とも呼ばれています。
 「菅原大神」では、毎年「春」の2月25日(2015年2月23日・2014年2月23日・2013年2月19日・2012年2月20日・2011年2月21日のブログ参照)、「秋」の11月25日(2015年11月24日・2014年11月25日・2013年11月24日・2012年11月24日・2011年11月23日・2010年11月22日のブログ参照)に、「例祭」が行われ、「菅原大神」の「例祭」には、多くの「参拝客」で賑わいます。
 「菅原大神」の「春」、「秋」の「例祭」が賑わう「理由」ですが、「子宝」に恵まれない「婦人」が、「菅原大神」に奉納されている「子宝石」(子産石)を「お腹」に当て祈念し抱くと「子宝」に恵まれる(授かる)といわれている「伝承」(いい伝え)によるものです。
 「菅原大神」には、「大小」90個の「子宝石」(子産石)と呼ばれる「丸い石」が「社(ヤシロ)」に奉納されており、この「石」を抱くと「子宝」に恵まれると伝えられていることから、上記のように「菅原大神春の例祭」、「菅原大神秋の例祭」には「子宝祈願」にお越しになる方や、「子宝」に恵まれた方の「お礼参り」にお越しになる方で賑わうそうです。

 今年(2016年・平成28年)の「菅原大神春の例祭」ですが、2月25日(木)8時00分から「受付」を行い、「式」が始まる前に、「記帳」と「玉串料」(祈願料)3000円からを納め、11時00分頃から「例祭」(御祈願開始)が行われるそうです。
 「菅原大神春の例祭」の「祈願」の「種類」ですが、「授子祈願」、「安産祈願」、「お礼参り」となっており、「御祈願」の「順番」ですが、1「御礼参り」・「安産祈願」、2「授子祈願」となっています。
 「菅原大神春の例祭」では、上記のように「子宝祈願」が行われ、「神主」による「祈祷」、「詔(ミコトノリ)」と「神主」の「話」が終わると、「順」に、「菅原大神」「神殿」の「前」に出て、「榊(サカキ)」を奉納し、参拝します。
 その後、「菅原大神春の例祭」では、「子宝石」(子産石)を抱き、「子宝石」(子産石)を「お腹」に当てて「子宝」を祈願するそうです。

 そもそも「菅原大神」の「子宝石」(子産石)は、昔「菅原大神」から離れたところにあった「お産の神様」である「玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)」を祀った「御産宮(ゴサンノミヤ)」という「神社」に納められていたものだったそうです。
 それが、何らかの「事情」により「菅原大神」に移されたそうで、以来「菅原大神」は「子授けのご利益」を得たいと願う「人々」が参拝するようになっていったそうです。
 (御産宮社殿損壊の際、子宝石を菅原大神に移したとの「説」あり)

 「桜井の鎮守」「菅原大神」で開催される「子授けのご利益」を祈念・感謝する「春」の「神事」「菅原大神春の例祭」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「菅原大神春の例祭」詳細

 開催日時 2月25日(木) 8時〜

 開催会場 菅原大神 銚子市桜井町60

 玉串料  3000円〜 (祈願料)

 問合わせ 銚子市観光商工課 0479-24-8707

 備考
 「菅原大神」の「子宝石」(子産石)ですが、昭和60年上半期(1985年4月から10月5日)に放映されました「NHK朝の連続テレビ小説」「第34作」「澪つくし」で「主人公」「古川かをる」(「沢口靖子」さん)が「子宝石」(子産石)を抱き、「子授け」の「ご利益」を祈る「シーン」が放映されたことで、その名が「全国的」に広まったそうです。
 「菅原大神春の例祭」「当日」は、「休憩所」が用意され、「休憩所」ですが、「桜井町青年館」(「菅原大神」から徒歩1〜2分)となっています。
 「桜井町青年館」(銚子市桜井町40-1)ですが、「ご自由」に利用できるそうですが、「席」に限りがあるそうですので、ご注意下さい。

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| 地域情報::銚子 | 10:32 AM |
「夕陽・夜景鑑賞会」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」で2月21日(日)に開催されます「夕陽・夜景鑑賞会」です。

 「旭市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「県庁所在地」「千葉市」から50km圏、また「東京都心」から80km圏に位置している「市」で、「人口」は約7万人の「自治体」です。
 (2016年(平成28年)2月1日現在、「旭市」の「人口」67606人、「男」33208人、「女」34398人、「世帯数」25523世帯)
 「旭市」の「南部」は美しい「弓状」の「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「旭市」の「北部」には「干潟八万石」といわれる「房総半島」「屈指」の「穀倉地帯」と、なだらかな「丘陵地帯」である「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)が広がっています。
 「旭市」ですが、「旭市」、「香取郡」「干潟町」、「海上郡」「海上町」、「海上郡」「飯岡町」が、2005年(平成17年)7月1日に対等合併し、「新・旭市」としてスタートしています。
 「旭市」の「中央部」を「東西」に、「JR総武本線」と「国道126号線」が通り、「周辺」は「市街地」として発展しています。

 「旭市」の「大きさ」ですが、「東西」に約17.7km、「南北」に約13.5km、「面積」は129.91平方km、「標高」は、「海抜」68.4m(飯岡「刑部岬(ギョウブミサキ)」(2012年5月26日のブログ参照)付近)以下、「旭市内」の「全域」に及ぶ「平野部」は「海抜」3〜10mと「平坦」です。
 「旭市」「南部」「太平洋」に面する「海岸」「九十九里浜」は、「遠浅」の「砂浜」で、「夏」の「海水浴場」だけではなく、1年を通し、「海釣り」や「サーフイン」(サーフスポット)として賑わっています。
 なお「旭市」の「九十九里浜」ですが、「日本の白砂青松100選」、「日本の渚百選」に選定されています。

 「旭市」は「通年」として「温暖」な「気候」(平均気温は15℃)で、「冬」暖かく、「夏」涼しい「環境」を活かし、「農業」が盛んに営まれており、「干潟八万石」の「肥沃(ヒヨク)」な「水田」で採れる「水稲」はもとより、「施設園芸」による「キュウリ」・「トマト」などの「野菜づくり」、「カーネーション」、「ガーベラ」などの「花卉栽培」などが行われています。
 また、「旭市」「飯岡漁港」での「水産業漁獲量」も「県内2位」となっており、「旭市」「飯岡」の「伝統加工品」の「丸干しいわし」は「日本一」の「生産量」を誇り、近年「健康食品」としても「注目」を集めています。
 「旭市」は、「特産」の「貴味メロン」、「梨」、「いちご」(2011年12月14日・2010年12月10日のブログ参照)の「観光農園」、「畜産業」もあり、「農産物」から「畜産物」・「水産物」までなんでもそろう「食料のまち」で、「旭市」は「千葉県内屈指」の「食料供給基地」となっています。

 「旭市」は、「多彩」な「レジャー」が楽しめる「まち」として知られており、「旭市」では、「海水浴」、「サーフィン」、「パークゴルフ」、「キャンプ」、「釣り」などが楽しめます。
 「旭市」の「主」な「レジャースポット」は、下記の通りです。

 「海水浴」「サーフィン」「スポット」

 矢指ヶ浦海水浴場(ヤサシガウラカイスイヨクジョウ)(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)

 飯岡海水浴場(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)

 「パークゴルフ」

 あさひパークゴルフ
 旭市中谷里8340番地53
 0479-62-8989

 「キャンプ」

 海上キャンプ場
 旭市岩井1000
 0479-55-5250

 「釣り」「スポット」

 長熊釣堀センター(2012年5月4日のブログ参照)
 旭市萬力3566-1
 0479-68-4602

 袋の溜池(袋東公園)
 旭市鎌数4013
 0479-62-7537(旭市観光協会)

 「海釣り」「スポット」

 飯岡漁港(2012年6月6日のブログ参照)の釣り船

 飯岡地先海岸部全域(投げ釣り)

 「旭市」「飯岡地区」(旭市上永井)にある「刑部岬」は、「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)の「景勝地」「犬岩」から続く切り立った「断崖」「屏風ヶ浦(ビョウブガウラ)」(2012年5月20日のブログ参照)の「南端」(西端)に位置し、「九十九里浜」との「境」となっている「高さ」約60m(65m)の「断崖(ダンガイ)」の「岬」で、「飯岡灯台」が設置されています。
 「刑部岬」ですが、「岬」からの「眺め」は素晴らしく、「眼下」には「飯岡漁港」(2012年6月6日のブログ参照)から「西方」には「九十九里浜」が「弧(コ)」を描いて果てしなく続き、「東」には「東洋のドーバー」と称される「屏風ヶ浦」の「景観」を一望することができます。
 「刑部岬」の「下」にある「飯岡漁港」から「九十九里浜」が「弓状」に連なっており、「九十九里浜」ですが、「旭市」の「飯岡海水浴場」(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)から「いすみ市」にある「太東崎」まで66kmの「砂浜」が続いています。
 「刑部岬」の「岬」の「周辺」ですが、「上永井公園」として整備されており、「飯岡灯台」や、「飯岡刑部岬展望台〜光と風〜」などがあり、「冬場」は「天気」が良ければ「富士山」が見え、2月25日、26日頃には「条件」が良ければ、「ダイヤモンド富士」が見えると言われています。
 ちなみに「ダイヤモンド富士」ですが、「富士山」の「山頂部」と、「太陽」が重なる「大気光学現象」であり、「月」が「富士山」と重なる「パール富士」とは「対(ツイ)」にして扱われています。
 「ダイヤモンド富士」の「概要」ですが、「皆既日食」の際の「ダイヤモンドリング」になぞられ、「太陽」が「ダイヤモンド」のように美しく見えるため、こう呼ばれています。
 「ダイヤモンド富士」ですが、いつどこでも見られるわけではなく、「富士山頂」から「西側」の「南北」35度以内の「範囲」では「日の出」の時(昇るダイヤモンド)、「東側」の「南北」35度以内の「範囲」では「日没時」(沈むダイヤモンド)に年2回、「気象」などの「条件」がそろった時にだけ、見られる「光景」であり、「陸上」で、この「光景」が見られる「北限」は、「富士山」から「北東」に約191km離れた「茨城県」「鉾田市」の「海岸付近」だそうです。
 「山梨県」「山中湖」や、「静岡県」「田貫湖」では、「ダイヤモンド富士」で見られる「時期」には、多くの「カメラマン」かその「光景」を撮影しており、「東京都心」から近く、数多くの「登山者」が訪れる「高尾山」でも、「冬至」前後の「数日間」、美しい「ダイヤモンド富士」を見ることができるそうです。
 なお、「湖面」などに「ダイヤモンド富士」が映って、2つ見える場合は「ダブルダイヤ」と呼ばれているそうです。

 「刑部岬」では、上記のように「太平洋」と、「九十九里浜」が一望できる「雄大」な「眺望」が素晴らしく、「朝夕」の「陽光」の「差し方」で、その「表情」は「様々」に変わり、1日中見ていても飽きがこないそうで、「空気」の澄む「冬」には「天気」に恵まれると、「房総半島」越しに「富士山」が見え、「筑波山」越しに「日光」の「山々」の「山頂」の「雪」を確認することもできるそうです。
 「刑部岬」からの「景観」ですが、「日本の朝日百選」、「日本の夕陽百選」、「日本夜景遺産」、「日本の夜景100選」、「関東の富士見百景」、「ちば眺望100景」等に選ばれているそうです。

 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」ですが、「千葉県九十九里自然公園」の「北部」に位置する「旭市」「飯岡地区」「上永井公園」「地内」の「屏風ヶ浦」の「西端」に位置する「高さ」約60m(65m)の「断崖絶壁」の「場所」に位置する「旭市」の「公共施設」、「展望館」です。
 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」ですが、「自然」とふれあう「活動の場」として設計された「公共施設」で、「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」が一般公開されたのは、平成13年(2001年)3月16日となっています。
 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」の「建物」ですが、「鉄筋コンクリート一部鉄骨造」「3階建て」となっており、「建築面積」436平方m、「延床面積」808平方mとなっており、「建設事業費」ですが、3億1千5百万円であったそうです。
 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」の「主」な「設備」は、下記の通りです。

 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」詳細

 ・多目的室 (1階)

 自然環境学習や講習会等多目的に利用可能。

 ・パノラマ展示室 (2階)

 周辺の自然がわかる資料や写真等を展示。

 ・光と風のデッキ (3階)

 24時間利用できる半屋外展望スペース。

 ・屋外展望台

 360度展望できるパノラマ展望台

 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」の「施設」の「名称」ですが、「千葉県内」をはじめ広く公募し、その中から「最優秀作品」として「銚子市」在住(当時)の「木村里子」さんがつけた「名称」が採用されました。
 この「名称」は、「施設」の「内容」や、「所在地」が「利用者」にとってわかりやすく、また「朝日」から「夕陽」までの「太陽」がおりなす「景観」や、「四季折々」に肌に感じられる「風」をイメージさせるものとなっています。

 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」に登りますと「周囲」360度、「視界」をさえぎるものがないため、上記のように大きな「弧」を描く「水平線」、「風車」で回る「緑」の「大地」、そして「関東の富士見百景」に選ばれた「富士山」と、「九十九里海岸」の「眺望」が楽しめます。
 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」から「富士山」までの「直線距離」で190kmで、「空気」が澄んで見通しのきく「秋」から「冬」にかけた「時季」、「北西」からの乾燥した「季節風」が「湿気」や、「霧」を吹き払うと、「九十九里海岸」の向こうに「富士山」がその姿を現し、同じ頃、「北西」の「方角」には「筑波山」が、その後ろには「雪」を冠った「男体山」がうっすらと見えるそうです。
 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」では、例年11月終わり頃に吹く「木枯らし一号」が「富士見百景」の「幕開け」となり、12月は平均して8日程度、1月、2月はもう少し見える「頻度」は増え、「陽射し」が「西」に傾き、「水平線」に「房総半島」の「影」が低く延びる頃には、「光芒」を「背」にシルエットが浮かび上がり、「日本夕陽百選」にも選ばれた「夕陽」と、「富士山」の「競演」が見られるそうです。
 上述の「日本夕陽百選」に選ばれている「刑部岬」は、「夕陽」と、「富士山」の「シルエット」を眺める「絶好」の「ビューポイント」となっていることから、2月から1ヶ月間、「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」「2階パノラマ展望室」の「閉館時間」(閉館日を除く)を毎夕方、1時間遅らせて18時00分としています。

 「夕陽・夜景観賞会」ですが、2月21日(日)10時00分から18時00分まで「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」を「会場」に行われる「夕陽・夜景鑑賞イベント」です。
 「夕陽・夜景観賞会」ですが、「刑部岬」に建つ「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」で、「夕陽・夜景鑑賞」を行い、「旭市観光ボランティア会」の「方々」による「撮影アドバイス」を行うそうです。
 その他「夕陽・夜景観賞会」では、「時間内」に、「旭市観光写真ボランティア会」で製作した「旭市の四季DVD」「飯岡津波CD」の紹介や、「旭市内」で活躍している「フォト&ムービークラブ」による「地域紹介ビデオ」等の「上映会」、作って遊ぶ「糸電話体験コーナー」・「旭市の農産物等特産品紹介コーナー」を予定しているそうです。
 「ビデオ上映会」・「旭市特産品紹介」・「体験コーナー」ですが、10時00分開始となっています。

 「風光明媚」な「景観」が望める「ビュースポット」「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」で開催される「夕陽・夜景鑑賞イベント」「夕陽・夜景鑑賞会」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「夕陽・夜景鑑賞会」詳細

 開催日時 2月21日(日) 10時〜18時

 開催会場 飯岡刑部岬展望館〜光と風〜 旭市上永井1309-1

 開館時間 9時〜16時半 (2月のみ〜18時)

 問合わせ 飯岡観光写真ボランティア会 石井さん 0479-55-5206

 備考
 「飯岡刑部岬展望館〜光と風〜」の「光と風のデッキ」・「1階トイレ」ですが、「終日」の「利用」が可能となっています。
 「夕陽・夜景観賞会」ですが、「当日」の「気象条件」により「富士山」がご覧いただけない場合もあります。

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| 地域情報::旭 | 10:16 AM |
全客室・全フロアでFree Wi-Fi がご利用いただけます。
2016年2月より、ロビー、宴会場、レストラン、客室にてFree-wifiがお楽しみいただけるようになりました。


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| お知らせ | 07:39 PM |
「平成28年成田の梅まつり」(成田市)
 本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山公園」で2月20日(土)〜3月6日(日)の期間開催されます「平成28年成田の梅まつり」です。

 「成田のお不動さま」の「愛称」で親しまれている「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、「真言宗智山派」の「大本山」で、「関東三不動」のひとつです。
 「成田山新勝寺」ですが、天慶3年(940年)「寛朝大僧正(カンチョウダイソウジョウ)」によって「開基」され、以来一千年余りもの「歴史」を持つ「全国有数」の「霊場」です。

 「成田山新勝寺」の「御本尊」である「真言宗」の「開祖」「弘法大師」「空海」が、自ら「一刀三礼」(ひと掘りごとに三度礼拝する)の「祈り」をこめて「敬刻開眼」された「御尊像」なのだそうです。
 「成田山新勝寺」では、この「霊験」あらたかな「御本尊」「不動明王」の「御加護」で、千年以上もの間、「御護摩」の「火」を絶やすことなく、「皆様」の「祈り」が一体となり、「清浄」な「願い」となって現れるそうです。
 「成田山新勝寺」は、「開山1080年」を間近に控えた現在も、「成田のお不動さま」として数多くの「人々」の「信仰」を集めています。

 「成田山表参道」の「信徒会館」前から「成田山」「総門」を入ると「成田山新勝寺」「境内」です。
 「成田山表参道」「右側」に「土産物店」が「軒」を連ねる「広場」「堂庭」があり、「客殿」の「成田山」「光輪閣」を「左」に見て、「石段」を登ると「大提灯」が下がる「仁王門」(重要文化財)をくぐります。
 さらに「石段」を登り切ると、「左右」に「翼殿」を持つ「重層入母屋造り」の「成田山」「大本堂」の「雄姿」が「視界」に入ってきます。
 「成田山」「大本堂」には「弘法大師」が彫ったといわれる「御本尊」「不動明王」がまつられており、その「内陣」は広く、「畳」296畳分もあるそうで、「内陣」「中央」に焚かれている「御護摩」の「香煙」は、「開山」以来1日も絶えたことがないといわれています。
 「成田山」「大本堂」「右手」には、「三重塔」(重要文化財)と、「一切経堂」、「鐘楼」があります。

 「成田山新勝寺」「大本堂」前「広場」「左手」には、「釈迦堂」(重要文化財)が鎮座しています。
 「釈迦堂」は、安政5年(1858年)に建立された前の「本堂」で、「釈迦堂」には、「仏教」を開いた「釈迦如来」が祀られています。
 「釈迦堂」の「堂」の周囲には、「二十四孝」の「彫刻」などが施され、江戸時代末期の「特色」を示しているそうです。

 「成田山新勝寺」「大本堂」「左手」から順次、「成田山平和の大塔」(2012年5月7日のブログ参照)への「道」を巡っていくと、「石段」を上り「正面」に「光明堂」(重要文化財)、「左手」には「額」や、「絵馬」が並ぶ「額堂」(重要文化財)が建っています。
 「入母屋造り」の「額堂」の「軒下」には、「成田山新勝寺」に奉納された「額」や、「絵馬」が掲げられています。
 「大日如来」をまつる「光明堂」(重要文化財)は、「釈迦堂」の前の「成田山新勝寺」の「本堂」で、元禄14年(1701年)に建立された「貴重」な「建物」で、毎年5月に「光明堂」の前で、「薪能」(2015年5月15日・2014年5月13日・2013年5月13日・2012年5月12日・2011年5月12日のブログ参照)が催されています。
 「光明堂」の「裏手」の「道」をたどっていくと、「圧倒的」な「迫力」をもって「塔」こそ昭和59年(1984年)に完成した「成田山平和の大塔」で、見るものを「圧倒」する「威容」な「成田山平和の大塔」は、「成田山新勝寺」の「真言密教」の「教え」の「根本」である「相互礼拝」・「相互供養」の「曼陀羅世界」を表しています。

 「成田山新勝寺」「光明堂」の「右手」には「清滝権現」の「社殿」が、「光明堂」「裏」には「奥の院」があります。
 「清滝権現」の「社殿」「右手」から鬱蒼(ウッソウ)と茂る「林」の中へ「石段」を降りていくと、「雄飛の滝」が「岩」をうち、「渓谷美」が展開し、ここから「先」が「成田山公園」(2010年11月12日のブログ参照)となっています。

 「成田山公園」は、「広さ」165000平方mという「広大」な「敷地」を有し、「広さ」で例えると「東京ドーム」3個分も入ってしまう「広さ」なのだそうです。
 「成田山公園」では、「森林浴」を楽しみながら、「木々の間」から差し込む「陽の光」に照らされて、「新緑」、「蝉時雨(セミシグレ)」、「紅葉」、「雪景色」といった「四季」の「表情」を感じとることができる「公園」となっており、近年は「健康志向」の「ライフスタイル」が流行していることから、「成田山公園」で「ウォーキング」(散策)される「方」も多く見られます。

 「成田山公園」は、上記のように「草木」や、「自然」にあふれ、「仏教」の生きとし生けるもの「すべて」の「生命」を尊ぶという「思想」が組み入れられており、「園内」「竜智の池」などの3つの「池」は「放生(ホウジョウ)の場」を表し、「公園全体」を見れば、「不殺生(フセッショウ)」を象徴する尊い「生命」をはぐくむ「場」となっています。
 「成田山新勝寺」「境内」にある「光明堂」近くの「階段」を下りていくと、上記のように「木立」の中から「光」が差し込んでいる「雄飛の滝」が「巨大」な「岩山」の中から「顔」を見せ、「雄飛の滝」の「水」は、「竜智」、「竜樹」、「文殊」と名付けられた3つの「池」への「水源」となっており、「竜智の池」の中にある「浮御堂」の周りには数多くの「鯉」が泳いでいます。

 「成田山公園」「園内」「各所」には、「松尾芭蕉」や、「高浜虚子」など「著名」な「文人達」の「句碑」が建っており、当時の「成田」でも「俳句」や、「歌」をたしなんでいた「人々」が多くいたという「事」が物語っており、「公園」の「自然」の中にも「様々」な「先人」の「知識」や、「足跡」が残されています。
 また「成田山公園」「園内」には、「成田山書道美術館」(2011年6月5日のブログ参照)があり、「成田山公園」に隣接して「成田山霊光館」、「成田山仏教図書館」などがあり、「成田山書道美術館」の「傍ら」には「水琴窟(スイキンクツ)」と呼ばれる「不思議」な「音」が聞こえる「場所」があり、「水琴窟」からは「水滴」が「大瓶」の中に落ちて、反響する「音」が「耳」を傾けると「名琴」のように、澄んだ「音」が聞こえてくるそうです。

 上記のように「成田山新勝寺」「大本堂」の「奥」に広がる「風光明媚」な「成田山公園」では、「四季折々」の「草花」や、「風景」を楽しむことができ、「成田山公園」には、「平均樹齢」50年を越える約500本の「紅梅」や、「白梅」が植えられています。
 「成田山公園」の「梅」は、例年2月中旬から3月中旬にかけて咲き、「成田山公園」は「梅の香り」でいっぱいになります。
 「成田の梅まつり」(2015年2月17日・2014年2月16日・2013年2月11日・2012年2月9日・2011年2月10日のブログ参照)は、「成田山公園」を「会場」に行われている「催し」で、「成田」の「新春恒例行事」として、「園内」の「梅」が色づく2月から3月にかけて行われています。
 「成田の梅まつり」は、毎年約1ヶ月間にわたり開催され、「期間中」の「週末」を「中心」に「様々」な「イベント」を開催、訪れる「方」に「おもてなし」を行っています。

 「平成28年成田の梅まつり」ですが、2月20日(土)から3月6日(日)の「期間」に「成田山公園」を「会場」に行われ、「期間中」の「各」「土・日曜」に「イベント」を開催するそうです。
 「平成28年成田の梅まつり」「期間中」の「イベント」ですが、「観梅の演奏会」、「甘酒進上」、「表千家観梅の野点」、「観梅の投句コンテスト」、「氷の彫刻展」、「草木染」「華の集い展」となっています。

 「観梅の演奏会」は、「成田山公園」の「梅」を愛でながら「伝統音楽」を楽しむ「催し」で、毎回「大勢」の「お客様」が「春」を奏でる「音色」に「耳」を傾け、「好評」を得ている「催し」です。
 「観梅の演奏会」「演奏会場」は、「成田山公園」内の「西洋庭園」で、「伝統音楽」の「演奏会」を行います。
 「観梅の演奏会」は、11時00分からと、13時30分からの1日2回行われ、「開催日」、「演奏会出演者」は、下記の通りです。

  開催日  演奏会出演者

 2月20日(土) 二胡 (ワン・シャオフォン)

 2月21日(日) 箏 (清翔会)・尺八 (竹樹会)

 2月27日(土) 津軽三味線 (通若会社中)

 2月28日(日) 津軽三味線 (佐藤通弘・通芳)

  3月5日(土) 箏 (清翔会)・尺八 (竹樹会)

  3月6日(日) 二胡 (ワン・シャオフォン)

 「甘酒進上」ですが、「米麹」を使って、その場で、手作りした「甘酒」を「無料」で配る「おもてなし」で、ほんのりした「甘さ」は、「公園散策」で冷えた「指先」や、「体」を「芯」から温めてくれます。
 「甘酒進上」は、「期間中」の「各」「土・日曜」の10時00分から15時00分まで「成田山公園」「園内」「西洋庭園」でふるまわれます。

 「表千家観梅の野点」は、「表千家成田市茶道会」の「協力」により、「無料」で行われる「催し」で、「期間中」の「各」「土・日曜」に開催され、「会場」は、「文殊の池」上「梅林」、10時00分から15時00分(受付終了は14時30分)まで行われます。
 「表千家観梅の野点」「先生」の「スケジュール」は、下記の通りです。

 2月20日(土) 行方棟岑 先生

 2月21日(日) 八尾宗保 先生

 2月27日(土) 矢沢宗文 先生

 2月28日(日) 成田市茶道会有志

  3月5日(土) 阿地宗玲 先生

  3月6日(日) 大塚宗裕 先生

 となっており、「表千家観梅の野点」では、初めて「お茶」を召し上がる「方」でも「気軽」に参加できるそうです。

 「観梅の投句コンテスト」は、「成田の梅まつり」「恒例」の「投句コンテスト」で、「兼題」は「梅」となっており、1人2句以内「未発表」の「作品」に限り「応募・受付」しています。
 「観梅の投句コンテスト」の「投函箱設置場所」ですが、「成田山公園」「西洋庭園」及び「宗吾霊堂」(2010年12月23日のブログ参照)「大本堂」前に設置されるそうです。
 「観梅の投句コンテスト」の「賞」ですが、「秀句」9句、「入選」20句となっており、「秀句」9句は、下記の「賞」となっています。

 成田山新勝寺貫主賞

 成田市長賞

 成田市議会議長賞

 京成電鉄株式会社賞

 JR成田駅賞

 宗吾霊堂賞

 三橋鷹女賞

 成田商工会議所賞

 一般社団法人成田市観光協会賞

 「氷の彫刻展」は、「期間中」の3月6日(日)に「成田山新勝寺」「大本堂」前「広場」周辺で開催される「イベント」で、「氷の彫刻展」では、四角い「氷柱」を「職人たち」の「手」により、「様々」な「形」に作り上げていく「様子」を「目の前」で見られ、「冬」ならではの「氷の芸術品」が並ぶ様は「圧巻」だそうです。
 「氷の彫刻展」「スケジュール」は、下記の通りです。

 10時15分 開会式
 (大本堂正面階段踊り場/雨天時・大本堂第一講堂)

 10時30分 競技開始

 12時30分 競技終了・審査

 13時   特別大護摩参詣「成功成就」

 14時15分 表彰式

 「草木染」「華の集い展」は、2月28日(日)から3月6日(日)に「成田観光館」で行われる「展示会」で、「自然」の「草花」を「染料」として、「スカーフ」や、「タペストリー」等の「大小」「様々」な「布地」に染め込んだ「作品」が展示されます。

 「四季折々」の「表情」を見せる「風光明媚」な「庭園」が美しい「成田山公園」で開催される「新春恒例」の「催し」「平成28年成田の梅まつり」。
 この機会に「成田市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「平成28年成田の梅まつり」詳細

 開催期間 2月20日(土)〜3月6日(日)

 開催時間 10時〜15時

 開催会場 成田山公園 成田市成田1

 問合わせ 成田市観光協会 0476-22-2102

 備考
 「平成28年成田の梅まつり」でふるまわれる「甘酒」ですが、弘化4年(1847年)頃「創業」の「糀店」の「麹」を指定しており、「天然」の「甘味」が利いた「糀」の「甘酒」となっています。
 なお「甘酒進上」ですが、「雨天」の場合、「中止」だそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2836 |
| 地域情報::成田 | 10:38 AM |

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