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「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「千葉県東総文化会館」で7月2日(土)に開催されます「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」です。

 「千葉県東総文化会館」は、「旭市」「ハ」にある「公共文化施設」です。
 「千葉県東総文化会館」ですが、「自然」との「共生」、「魅力」ある「屋内外空間」の「創生」、「遠目」に映える「シンボル」などを「基本構想」にして設計され、「千葉県東総文化会館」は、「千葉県民」及び「旭市民」に「芸術文化」の「創作発表」、「鑑賞」の「場」を提供することを通じて「県民文化」の「発展」に寄与することを「目的」に建設された「公共文化施設」となっています。

 「千葉県東総文化会館」の「施設」は、平成3年(1991年)6月1日に「開館」した「公共文化施設」で、「千葉県東総文化会館」の「建設面積」4724.88平方m、「延床面積」5941.07平方mとなっており、「千葉県東総文化会館」の「構造」ですが、「鉄骨鉄筋コンクリート造り」、「地下1階地上3階建て」、「駐車場面積」28台(主催者用)となっています。
 「千葉県東総文化会館」の「大ホール」の「収容」ですが、900席(固定席)となっており、その他「千葉県東総文化会館」「小ホール」の「収容」ですが、302席となっており、「千葉県東総文化会館」では、「数多く」の「催し」、「イベント」、「コンサート」等が開かれています。

 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」ですが、「千葉県東総文化会館」「大ホール」を「会場」に、7月2日(土)10時00分(9時30分から受付開始)から行われる「催し」です。
 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」ですが、どなたでも参加いただける「催し」で、「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」「入場料」ですが、「無料」となっており、「要事前申込」となっています。
 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」の「申込」ですが、「電話」または「チラシ」の「FAX用紙」で「申込」となっています。
 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」の「内容」ですが、「普段」は見られない「千葉県東総文化会館」の「舞台裏」を「ご案内」するといった「内容」になっており、「バックステージ」では、「音響」・「照明機器」の「操作体験」も行うそうです。
 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」の開催に際し、「千葉県東総文化会館」では、下記のように「催し」への「参加」を呼びかけています。

 舞台の「うら側」には何がある?
 みんなでのぞいちゃおう!
 文化会館のめずらしい設備を見たりさわったり、いろんな体験ができます!
 みんなで文化会館に行こう!

 「芸術文化」の「創作発表」、「鑑賞」ができる「公共文化施設」「千葉県東総文化会館」で開催される「普段」見られない「舞台裏」を「見学」できる「催し」「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」詳細

 開催日時 7月2日(土) 10時〜 (9時半受付開始)

 開催会場 千葉県東総文化会館 旭市ハ666

 参加費  無料(要申込)

 問合わせ 千葉県東総文化会館 0479-64-2001

 備考
 「バックステージツアー〜ホールを探検しよう〜」ですが、「千葉県東総文化会館」、「(公財)千葉県文化振興財団」「主催」、「千葉県」、「銚子市教育委員会」、「旭市教育委員会」、「匝瑳市教育委員会」「後援」で開催されます。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3033 |
| 地域情報::旭 | 10:57 AM |
「トウモロコシの収穫体験会」(大網白里市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「大網白里市」「JA山武郡市白里支所」で7月2日(土)に開催されます「トウモロコシの収穫体験会」です。

 「大網白里市」(2012年12月29日のブログ参照)は、「千葉県」「北東部」に位置する「市」で、「太平洋」、「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)の「南西部」に位置しています。
 「大網白里市」は、「房総半島」の「付け根」の「太平洋岸」(九十九里浜)に面しており、「千葉県」の「県庁所在地」である「千葉市」の「東隣」に位置しています。
 「大網白里市」は、「東京都心」から50kmから60km圏域に位置しており、「大網白里市」の「市域」ですが、「東西」に約14km、「南北」に約7km、「海岸線」約3.5km、「面積」58.06平方kmで、「東西」に細長い「市域」は、「西部」の「大網地区」である「丘陵部」、「中央部」の「増穂地区」である広大な「田園部」、「東部」の「白里地区」である「海岸部」を有しています。

 「大網白里市」は、「単独市制施行」前は、「千葉県」の「町」で一番「人口」が多く、2005年(平成17年)以降は「住民登録人口」が5万人を超えていたそうです。
 そして、2010年(平成22年)の「国勢調査」における「人口」も50122人となったことから、「人口」に関しては「市制施行」の「条件」を満たしていることから、「町長」はこれにむけた「取り組み」を行うことを表明したそうです。
 2011年(平成23年)4月1日には、「大網白里町役場」(当時)内に「市制準備室」を設置され、2013年(平成25年)1月の「市制施行」を目指すように準備し、2012年(平成24年)11月15日、「総務省」「告示」「第三百九十六号」により、2013年(平成25年)1月1日に予定通り「市制」を施行されました。
 「大網白里市」の「隣接自治体」ですが、「千葉市」、「東金市」、「茂原市」、「山武郡」「九十九里町」、「長生郡」「白子町」となっています。
 ちなみに「大網白里市」の現在の「人口」ですが50331人、「世帯数」は21072世帯、「男性」24891人、「女性」25440人となっています。
 (2016年・平成28年6月1日現在)

 「トウモロコシ」(玉蜀黍、学名・Zea mays)は、「イネ科」の「一年生植物」で、「穀物」として「人間」の「食料」や、「家畜」の「飼料」となるほか、「デンプン」(コーンスターチ)や、「油」、「バイオエタノール」の「原料」としても「重要」で、「年間世界生産量」は2009年(平成21年)に8億1700万t(トン)に達する「世界三大穀物」のひとつです。
 ちなみに「世界三大穀物」ですが、「小麦」、「米」、「トウモロコシ」となっています。
 「トウモロコシ」は「日本語」では「地方」により様々な「呼び名」があり、「トウキビ」または、「トーキビ」(唐黍)、「ナンバ」、「トウミギ」などと呼ぶ「地域」もあります。
 「トウモロコシ」は、「コーン」(corn)ともいい、「英語圏」では「この語」は本来「穀物全体」を指しましたが、現在の「北米」・「オーストラリア」などの多くの「国」では、特に断らなければ「トウモロコシ」を指します。
 ただし、「イギリス」では「トウモロコシ」を「メイズ」(maize)と呼び、「穀物全体」を指して「コーン」(corn)と呼ぶのが普通です。

 「トウモロコシ」は、上記のように「イネ科」の「一年草」で、「イネ科」としては「幅」の広い「葉」をつけるそうです。
 「トウモロコシ」ですが、「一生」のうちに付く「葉」の「数」や、「背丈」は「品種」によってほぼ決まっており、「早生品種」ほど「背丈」は低く「葉」の「数」も少ないそうで、「熱帯起源」のため、薄い「二酸化炭素」を濃縮する為の「C4回路」をもつ「C4型光合成植物」です。
 「トウモロコシ」は、「多日照」でやや「高温」の「環境」を好み、「大型」の「作物」であるため、「育成期間中」を通して10アールあたり350〜500t(トン)の「水」を必要とします。
 「トウモロコシ」ですが、「発芽」から3ヶ月程度で「雄花」(雄小穂)と「雌花」(雌小穂)が別々に生じ、「雄小穂」は「茎」の「先端」から「葉」より高く伸び出し、「ススキ」の「穂」のような「姿」になるそうです。
 「トウモロコシ」の「雌小穂」は分岐しない太い「軸」に一面につき、「包葉」に包まれて「顔」を出さず、「絹糸」と呼ばれる長い「雌しべ」だけが「束」になって「包葉」の「先」から「顔」を出し、「トウモロコシ」の「ひげ」ですが、この「雌しべ」にあたるそうです。
 「トウモロコシ」の「花粉」は風媒され、受粉すると「雌花」の「付け根」が膨らみ「可食部」が形成され、「イネ科」では珍しく、「種子」(果実)が熟すと「穎」の中から「顔」を出すそうです。
 「トウモロコシ」の「種子」の「色」ですが、「黄」・「白」・「赤茶」・「紫」・「青」・「濃青」などとなっています。

 「トウモロコシ」は長い「栽培」の「歴史」の中で「用途」に合わせた種々の「栽培品種」が開発されています。
 「トウモロコシ」は、「雑種強制」(異なる品種同士を交配すると、その子供の生育が盛んとなる交配の組み合わせ)を利用した「ハイブリット品種」が1920年頃から「アメリカ」で開発され、以後「収量」が「飛躍的」に増加したそうで、また近年では「遺伝子組換え」された「栽培品種」も広がりつつあるそうです。
 一般に「トウモロコシ」の「分類」に用いられるのは、「粒内」の「デンプン」の「構造」によって「種」を決める「粒質区分」であり、「種」によって「用途」や、「栽培方法」に違いがあるそうです。
 「トウモロコシ」の「品種分類」は、下記の通りです。

 「甘味種」(スイートコーン)(Z.m.L.var.saccharata)

 食用の品種。
 茹でる、焼く(焼きトウモロコシ)、蒸すなどの調理方法がある。
 加工食品用の材料でもあり、例えばコーンフレークやコーンミールなどの材料にもなる。
 種子に含まれる糖分が多く強い甘味を感じるが、収穫後の変質や呼吸による消耗が激しく、夏季の室温中では数時間で食味が落ちる。
 対策は低温管理の徹底か、収穫後直ぐに加熱して呼吸を止めるなどです。

 ベビーコーン(ヤングコーン)

 食用用甘味種の2番目雌穂を若どりして茹でたもの、サラダや煮込み料理などに用いられる。

 「甘味黄色粒種」

 実は黄色の甘味が多い品種。

 味来(ミライ)
 1990年代から出回った生食可能な品種の先駆け、平均糖度12度。

 サニーショコラ
 糖度15度以上、生食可能。

 ゴールドラッシュ
 実が柔らかく、糖度の高い品種。
 生食可能。

 ミエルコーン
 粒の皮が薄く、糖度の高い品種。
 生食可能。
 ミエルとは、フランス語で「はちみつのような甘さ」という意味を表している。

 ピクニックコーン
 味来の改良型で平均糖度が18度以上と高く、小振りな品種。
 種苗会社では、火を通した後に冷やすことにより甘みが増加されることをPRし、火を通した後冷たく食べることを推奨しています。

 「甘味バイカラー粒種」

 実が白、黄色系など色が混ざった混合品種。

 ハニーバンタム
 アメリカより伝来、日本で初めに食された品種。
 その後、品種改良により「ピーターコーン」が登場して以来、生産が減少し市場流通より姿を消しつつある。

 ピーターコーン
 粒皮がやわらかく、糖度の高い品種。
 ハニーバンタムより柔らかく甘味がある。

 ゆめのコーン
 実が柔らかく糖度の高い品種。
 生食可能。

 カクテルコーン
 黄・白粒が混ざり(カクテル)、実が柔らかく糖度の高い品種。
 生食可能。

 甘々娘(カンカンムスメ)
 糖度が高く、生でも食べられる品種。
 時間経過による糖度の低下が遅い。
 しかし発芽率が低く、栽培の難しい品種でもある。

 「甘味白色粒種」

 実が白色で甘味が多い品種。

 ピュアホワイト
 白いトウモロコシ(トウキビ)や幻のトウモロコシ(トウキビ)とも呼ばれ、平均糖度17度以上とも謳われています。
 生食も可能ですが、火を通すと甘味黄色・バイカラー種に比べると食味はやや劣ります。

 雪の妖精
 ピュアホワイトの進化型。
 平均糖度17度で生食も可能。

 ホワイトショコラ
 ピュアホワイトの進化型。
 平均糖度17度で生食も可能。

 上記に記されているのは、「色」や、「食味」による「分類」ですが、それらに関わる「遺伝子」については多くが特定されています。
 「甘味」に関わる「遺伝子」では、「su遺伝子」・「se遺伝子」・「sh2遺伝子」などが特に「重要」で、それらの組み合わせによっては「スイート種」・「スーパースイート種」・「ウルトラスーパースイート種」などの「タイプ」があり、「遺伝子」の組み合わせによって、「糖」の「含有量」や、「糖」の「種類」(風味)の「違い」が生まれるそうです。
 「スイート種」は「缶詰」などの「加工用」で、「青果」として流通することは殆どありません。
 「青果」としては「スーパースイート種」や、「ウルトラスーパースイート種」などでありますが、「ウルトラスーパースイート種」では甘過ぎると感じる「人」もいるそうです。

 爆裂種(ポップコーン)(Z.m.L.var.everta)
 菓子のポップコーンを作るのに使用する。

 馬歯種(デントコーン)(Z.m.L.var.indentata)
 通常食用にはしない。
 主に家畜用飼料やデンプン(コーンスターチ)の原料として使用。

 硬粒種(フリントコーン)(Z.m.L.var.indurata)
 食用・家畜用飼料・工業用原料に主に使用される。

 糯種(ワキシーコーン)(Z.m.L.var.seratina)
 完熟種子表面がワックスしたようにツルツルしているので、この名が付けられた。

 軟粒種(ソフトコーン、スターチ・スイートコーン)(Z.m.L.var.amyrae-saccharata)
 子実が軟質澱粉により形成されている。

 ポッドコーン(Z.m.L.var.tunica)
 粒がひとつずつ穎に包まれている。

 ジャイアントコーン(giant corn)
 種子が白く大きい。

 「トウモロコシ」の「日本」への「伝搬」は3つの「経路」がありますが、もっとも古い「経路」は「南西経路」と呼ばれる「ヨーロッパ人」から伝えられた「経路」です。
 いくつかの「説」がありますが、「ド・カントル」は1573年から1591年頃(天正年間)に「ポルトガル人」によって「熱帯型」の「フリント種」が「長崎」にもたらされたとしています。
 その後、「阿蘇山麓」や、「四国」の「山中」、「富士山麓」など「稲作」に向かない「地域」に広がり、18世紀末には「室蘭」に至っています。

 1868年(慶応4年・明治元年)頃に、近代の「育種法」によって作られた「アメリカ」の「早生」の「デント種」、「フリント種」が「北海道」に導入され、「開拓使」によって「大規模」な「畑作」が始まったそうです。
 「トウモロコシ」は「生食」、「飼料」として定着し、やがて「東北」、「関東」に広がりました。
 この「伝播経路」を「北海道経路」と呼び、「南西経路」とともに「日本」ほの主な「伝播経路」となりました。

 第二次世界大戦後に、「育苗会社」や、「農業試験場」が「世界中」の「苗」を取り寄せて作り出した「交雑品種」が広く導入される「事例」が増え、こういった「導入経路」は「自在経路」と呼ばれており、1950年に開発された「ゴールデン・クロス・バンタム」が最初の「例」となったそうです。

 この度(タビ)「大網白里市」では、「大網白里市」の「基幹産業」「農業」の「体験イベント」「トウモロコシ収穫体験会」を開催するそうです。
 「トウモロコシ収穫体験会」ですが、7月2日(土)9時00分から15時00分(最終受付)となっており、なくなり次第終了となっています。
 「トウモロコシ収穫体験会」の「料金」ですが、「トウモロコシ」1本100円となっており、「中学生」以下1人につき、「トウモロコシ」1本「無料」となっています。
 「トウモロコシ収穫体験会」に参加される「方」の「服装」ですが、「けが防止」の為、「長袖」、「長ズボン」「長靴」、「軍手」での「参加」を呼びかけています。

 「JA山武郡市白里支所」「駐車場」で開催される「大網白里市農業研究会」「主催」の「収穫体験会」「トウモロコシの収穫体験会」。
 この機会に「大網白里市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「トウモロコシの収穫体験会」詳細

 開催期間 7月2日(土) 9時〜

 開催会場 JA山武郡市白里支所駐車場 大網白里市南今泉30-2

 問合わせ 大網白里市産業振興課 0475-70-0345

 備考
 「トウモロコシの収穫体験会」ですが、「天候」や、「生育状況」により「開催日」が「変更」となる場合は、「大網白里市」「HP」でお知らせするそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3032 |
| 地域情報::九十九里 | 10:37 AM |
「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「地球の丸く見える丘展望館」で7月1日(金)〜9月4日(日)の期間開催されます「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」です。

 「地球の丸く見える丘展望館」(2010年8月30日のブログ参照)は、「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「高所」(73.6m)である「愛宕山」の「頂上」に位置する「展望観光スポット」です。
 「地球の丸く見える丘展望館」からの「眺望」ですが、「北」は「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)から「筑波山」を望み、「東」と「南」は一望千里に「太平洋」の「大海原」を、「西」は「屏風ヶ浦(ビョウブガウラ)」(2012年5月20日のブログ参照)から「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)まで見渡せます。
 「地球の丸く見える丘展望館」では、「標高」約90mの「展望スペース」から360度の「大パノラマ」が広がり、緩やかに「弧」を描いた「水平線」によって、「その名」の通り、「地球の丸さ」を実感できる「展望施設」となっています。

 「地球の丸く見える丘展望館」には、「地球の丸さ」を実感できる「展望スペース」(屋上)を筆頭に、「銚子」の「特産品」「地酒」・「醤油」をはじめ、「豊富」な「お土産」・「名産品」が揃った「お土産コーナー」(売店)(1F)、「季節ごと」に行われる「各種企画展」が「定期的」に催される「イベントホール」(企画展示室)(2F)、「常設展示」として2012年に認定されました「銚子ジオパーク」(2012年12月9日・9月25日のブログ参照)「関連資料」の「展示」をしている「銚子ジオパーク展示場」(2F)、「銚子海洋研究所」の「イルカウォッチング」(2010年12月19日のブログ参照)で撮影された「写真」の「展示」(2F)、「イルカウォッチング」もしくは「銚子のPR」「映像」を映す「映像鑑賞コーナー」(2F)、「銚子沖」(名洗沖)で「実験稼働中」の「洋上風力発電」の「解説」(2Fエントランス)、「展望スペース」に
向かう途中にある「眺望」のよい「休憩スポット」「喫茶コーナー」「カフェ330」・「展望ラウンジ」(3F)があります。
 「地球の丸く見える丘展望館」の「イベントホール」ですが、「季節ごと」に、「写真展」や「絵画展」など「各種企画展」が行われており、多くの「観光客」、「地元客」の「皆さん」が訪れています。

 「未確認飛行物体」とは、その名の通り、何であるか確認されていない(正体不明の)「飛行体」のことで、「Unidentifield Flying Object」(アンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト)の「頭文字」を取って「UFO」(ユーフォー)とも呼ばれるそうです。

 「未確認飛行物体」という「用語」は、本来「航空・軍事用語」であり、「当局」で把握できていない「航空機」や、「観測気球」、「他国」からの「ミサイル」などなど様々なものを指します。
 「未確認飛行物体」は、「進路」を見失った「飛行機」、「他国」の「スパイ機」、「仮想敵国」の「先制攻撃」、さらには「ミサイル」の「可能性」があり、「事故」のみならず「国家」の「安全」を脅かす「可能性」すらあるために「スクランブル」(緊急発進)の対象となります。
 「空軍」などの「航空交通管制」においては、「レーダー」に捕捉された「正体不明」の「飛行物体」に対しては、それが何であるか確認できるまで、「警戒態勢」を取る緊急の必要があるため(特に、レーダー電波を明確に反射する金属製の物はミサイルかもしれず危険な可能性がある)、「何かがこちらに向かって飛んでくる」という注意を喚起するために「未確認飛行物体接近」と表現されます。

 逆に「正体」を確認済みのもの(飛行計画が配信された旅客機や民間貨物機、鳥の集団など)は「Identified Flying Object」(確認済飛行物体)と総称されます。
 必ずしも「物体」ではなく、「自然現象」を誤認する場合もあるため、「未確認空中現象」(Unidentified Aerial Phenomenon、UAP)が用いられることがあります。
 実際に飛行しているところが目撃されなくても、「飛行可能」と思われるものが着陸していた場合などにも着陸していた場合などにも使われ、「水中」に目撃されたものは「USO」(未確認潜水物体)ということもあります。

 「航空・軍事用語」としては上述のような「用語」ではありますが、「一般雑誌」や、「テレビ番組」では「異星人が乗る飛行物体」という意味で使われる場合が多々あります。
 とりわけ、「超常現象」を扱う一部の「テレビ番組」、「雑誌」、「Web」などでは、「空飛ぶ円盤」、「地球外文明」の「エイリアン」が搭乗する「宇宙船」(エイリアンクラフト)の意味で「UFO」が用いられている「ケース」が多く、「未来」から来た「人間」の「タイムマシン」という憶測もあります。

 したがって、一口に「未確認飛行物体」といっても「航空・軍事用語として用いている」のか「超常現象用語として用いている」のか区別する必要があります。
 「未確認飛行物体」を「超常現象」として捉える考えは「フィクション」の「題材」として用いられており、多数の「映画」、「小説」、「テレビ番組」などが製作、出版、放映されて、「興行的成功」を収めています。
 (映画「未知との遭遇」など)
 「ユーフォロジー」(Ufology)とは「未確認飛行物体」を「超常現象」であるという解釈に基づいて行う「UFO研究」のことで、「航空軍事用語」としての「UFO」(アメリカ空軍、海軍の公式用語)とは意味が異なるので、はっきりと区別し混同してはならない。

 「UFO目撃現象」の「分類」として、高々度や、「宇宙空間」での「目撃」、「車」が追跡された「事件」、「電気的」・「機械的」な「影響」を及ぼした「事件」、「人間」に「心理的」、「物理的影響」を与えた「事件」、「着陸」の「痕跡」を残した「事件」などがあります。
 奇妙な「泡」を残して、「海中」に沈む様子が目撃された例もあれば、その「姿形」は「円盤型」であったり「三角形型」であったりと描写は様々です。
 「UFO」と共に「搭乗者」が目撃される例もあり、それらは「第3・4種接近遭遇」例とも呼ばれます。

 「Unidentified Flying Object」は、略す場合「UFO」と3文字で書かれ、現在「英語」では「ユー・エフ・オー」の様に読まれています。
 (イニシャリズム)
 ただ、この言葉を「アメリカ空軍」の「公式用語」として採用した「エドワード・J・ルッベルト」「大尉」は、「自著」で「ユーフォー」としており(アクロニム)、古くはこの読みも行われていたことがわかり、「米国」で「円盤形」の「飛行物体」を指す場合、通常は「Flying Saucer」(空飛ぶ円盤)と表記され、この「用語」は主として「超常現象」として扱う文脈で用いられています。

 一方、「日本」では1950年代から1960年代の末期(昭和44年頃)までは「飛行物体」の「形状」の「差」にかかわらず全て「空飛ぶ円盤」で総括的に呼称されるのが一般的だったそうで、「ユー・エフ・オー」の様に読んでいました。
 例えば「日本」では1970年(昭和45年)に放送された「SF特撮テレビドラマ」「謎の円盤UFO」の「日本語版タイトル」は「なぞのえんばんユー・エフ・オー」となっていました。
 しかし「世界」の「怪異現象」や、「オカルト」を「興味本位」に紹介する「特別番組」などでは早くから「ユーフォー」の読みで紹介されていたそうで、現在「日本」では「ユーフォー」の読みが一般的です。

 「空軍」の「公式用語」では、「UFO」はあくまでも「正体を確認できない飛行物体」を意味しますが、「超常現象」を扱う「バラエティ番組」や、「雑誌」の「影響」で、「UFO=異星人の乗り物」という「イメージ」、「UFO」を「宇宙人」の「乗り物」の「総称」のように扱う「用法」が一般市民の間に定着しました。
 ただし、もしも仮にある「UFO」が「異星人」の「乗り物」だということが判明し確認されると、その時点で「未確認」ではなくなるため、その後はそれを「UFO」と呼び続けるのは、「Unidentified Flying Object」という「表現」の「本来的」な「用法」に立ち戻れば誤用となります。
 しかし「UFO現象」が語られる際には「(異星人による)未知の技術の乗り物であるか、あるいは地球上の既知現象であるか」といった争点が中心になることも多く、「UFO研究」においても「異星人の乗り物」を意味するために「UFO」という語が便宜的に用いられることも多いそうです。

 「アメリカ」、「イギリス」、「フランス」のように、「航空軍事用語としてのUFO」の「存在」を認め、記録している「国」は多いそうですが、「未確認飛行物体」の「記録」が多数あるということは、「空軍」の「警戒体制」が不完全であることを示すため、「該当国」の「政府」にとっては不都合なことでもあり、そうした姿勢が反映されることもあるため、「公式調査」は「民間研究者」などからの批判を受けることも多いそうです。

 「UFO」は正体のわからない「飛行物体」であるので、根拠をもって分類することは不可能であり、ここに述べた「分類」における「UFO」は「地球外文明」の「宇宙船」=「エイリアンクラフト」であるという解釈に基づいており、本来の意味、すなわち「航空軍事用語」としての「UFO」ではないそうです。

 「UFO」の「型」は、下記の通りです。

 アダムスキー型・円盤型・皿型・玉型・半球型・三角形型・光点型・葉巻型・十文字型
 ・V字型・マウス型・クラゲ型・人型・ロッド型・ドローンズ

 「ジョセフ・アレン・ハイネック」が考案した「分類」、「UFO目撃者」からの「観測パターン」による「分類」。

 NL 夜間発光体(Nocturnal Lights) 夜間に目撃されたUFO。

 DD 白昼円盤体(Daylight Discs) 日中に目撃されたUFO。

 RV (Radar/Visual cases) レーダーと目視の2つの手段によって確認されたUFO。

 CE 接近遭遇(Close Encounter)
 CE1 第一種接近遭遇 近距離からの目撃(厳密には150m以内)。物的証拠を残さないもの。
 (例-飛行物体の目撃、UFOの噂を聞くこと)

 CE2 第二種接近遭遇 UFOが周囲に影響を与えたりして何らかの物理的証拠を残したもの。
 (例-飛行物体の目撃、UFO発着時にできたと考えられている地面の焼き焦げを目撃することなど)

 CE3 第三種接近遭遇 UFOの搭乗者、宇宙人の目撃。

 CE4 第四種接近遭遇 アブダクション(宇宙人による誘拐)。後に追加された分類。下記の4つに細分化されます。

 誘拐体験をはっきりと記録している。

 夢と現実が混在し、不明瞭。

 記録が欠落している。

 直接の接触はせず、テレパシーなどの方法によりコンタクトしたもの。

 この度(タビ)「地球の丸く見える丘展望館」では、「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」開催するそうです。
 「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」ですが、「地球の丸く見える丘展望館」「2階」「企画展示室」で7月1日(金)から9月4日(日)の期間開催される「企画展」で、「開催時間」10時00分から18時00分までとなっています。
 「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」の「展示内容」ですが、「宇宙を感じる企画展」となっており、「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」では、「惑星」、「流れ星」、「UFO」等といった「宇宙」に関する幅広い「展示」を行うそうです。
 また、「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」では、「宇宙人」の「ミイラ」も特別に展示されるそうです。
 「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」は、「鑑賞」「無料」となっており、「地球の丸く見える丘展望館」「入館料」のみで鑑賞できるそうです。

 ある意味「宇宙」に一番近い「銚子」の「人気観光スポット」「地球の丸く見える丘展望館」で開催される「斬新」な「企画」「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」詳細

 開催期間 7月1日(金)〜9月4日(日)

 開催時間 9時〜18時

 開催会場 地球の丸く見える丘展望館 2階企画展示室 銚子市天王台1421-1

 問合わせ 地球の丸く見える丘展望館 0479-25-0930

 備考
 「7・8月企画展」「この夏、銚子の空に何かが起こる」の「期間中」、「地球の丸く見える丘展望館」では、「UFO召喚イベント」「銚子にUFOを呼ぼう」を行うそうです。
 「UFO召喚イベント」「銚子にUFOを呼ぼう」ですが、7月24日(日)に行われ、「地球の丸く見える丘展望館」他を「会場」に「UFO召喚イベント」を開催するそうです。

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| 地域情報::銚子 | 10:37 AM |
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| お知らせ | 04:18 PM |
「夏越大祓式」(鹿嶋市)
 本日ご案内するのは、近隣市「鹿嶋市」「鹿島神宮」で6月30日(木)に開催されます「夏越大祓式」です。

 「常陸国一宮」「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)は、「茨城県」「鹿嶋市」に鎮座する「神社」で、「全国」に約600社ある「鹿島神社」の「総本社」です。
 「鹿島神宮」は、「千葉県」「香取市」に鎮座する「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「茨城県」「神栖市」に鎮座する「息栖神社(イキスジンジャ)」(2010年11月7日のブログ参照)と合わせて「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)と呼ばれ、江戸時代から「東国三社めぐり」として「人気」があったそうで、「初詣」には、「全国」から60万人以上が参拝し、「初詣」の「参拝者数」では「茨城県」2位を誇ります。

 「鹿島神宮」は、「茨城県」「南東部」、「北浦」(2011年12月6日のブログ参照)と「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)に挟まれた「鹿島台地」上に鎮座し、「鹿島神宮」は、「伊勢神宮」・「香取神宮」とともに、明治維新前に「神宮」の「名称」を使用していた「三社」のうちの「一社」です。
 「鹿島神宮」の「御祭神」「武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)」(建御雷神)で、「鹿島神」という「一般名称」でも知られており、「古事記」では、「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」が「軻遇突智(カグツチ)」の「首」を切り落とした際、「剣」についた「血」が「岩」に飛び散って生まれた「三神」のうちの「一柱」とされています。
 「武甕槌大神」は、「香取神宮」の「御祭神」「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」とともに、「天孫降臨」に先立ち「国譲り」の「交渉」をしたといわれている「神様」で、「武甕槌大神」は、「武の神」として古くから「皇室」や「藤原氏」の「崇敬」を受け、さらに鎌倉時代以降は「武家政権」の「信仰」も得て、「社殿」・「楼門」・「宝物類」の「奉納」や「所領寄進」が繰り返されてきました。

 「鹿島神宮」「楼門」は、寛永11年(1634年)、「水戸徳川初代藩主」「徳川頼房」公が奉納した「楼門」で「日本三大楼門」のひとつとして知られています。
 「鹿嶋社楼門再興次第記」によれば、「三代将軍」「徳川家光」公の「病気平癒」を「徳川頼房」公が「大宮司」(神宮の最高責任者)「則広」氏に依頼し、「徳川家光」公が快方に向かった為に奉納されたとあり、「浅草」の「水戸藩下屋敷」で130余人の「大工」が切組み、「船筏」で運んで組み立てたそうです。
 「鹿島神宮」「楼門」ですが、昭和15年(1940年)の「大修理」の際、「丹塗り」とし、昭和40年代に「檜皮葺」の「屋根」を「銅板葺」としたそうです。
 また「鹿島神宮」「楼門」は、「鹿島神宮」「境内」「鹿島神宮の森」の「縁」の中にひときわ「朱色」が鮮やかな「楼門」で、「鹿島神宮」「楼門」の「扁額」は「東郷平八郎」「元帥」の「直筆」によるものだそうです。

 「鹿島神宮」「本殿」は、「三間社流造」、「向拝一間」で「檜皮葺」、「漆塗り」で「柱頭」・「組物」等に「極彩色」が施されています。
 風格ある「鹿島神宮」「本殿」は、「江戸幕府」「2代将軍」「徳川秀忠」公より奉納されたもので、「国」の「重要文化財」に指定されています。
 「鹿島神宮」「本殿」ですが、元和5年(1619年)の「造営」までは、現在の「奥宮」の「社殿」を使用されていました。
 「鹿島神宮」「本殿」の背後には「杉の巨木」の「御神木」が立っており、「御神木」ですが、「樹高」43m・「根回り」12mで、「樹齢」約1000年といわれ、さらに後方、「玉垣」を介した位置には「鏡石(カガミイシ)」と呼ばれる「直径」80cmほどの「石」があり、「神宮創祀の地」とも伝えられています。

 「鹿島神宮」「奥宮」ですが、1605年(慶長10年)に「鹿島神宮」「本殿」として奉納された「建物」で、「鹿島神宮」では場所を移して「奥宮」としたそうです。
 「鹿島神宮」「奥宮」周辺ですが、神秘的な「雰囲気」を醸し出しており、「鹿島神宮」「奥宮」には、「鹿島神宮」「御祭神」「武甕槌大神」の「荒魂」が祀られています。
 「鹿島神宮」「奥宮」「社殿」は、元々「江戸幕府」を開いた「徳川家康」公が、上述の「鹿島神宮」「本殿」として奉納したものを、元和5年に「徳川秀忠」公の「社殿」奉納に際し、「現在地」へ引移して「奥宮」「社殿」になったそうで、「鹿島神宮」「本殿」と比べると、「重厚さ」が感じられる「建物」となっています。

 「鹿島神宮」の「境内地」ですが、「東京ドーム」15個分(約70ha(ヘクタール))に及ぶ「大きさ」で、「鹿島神宮」の鎮座する「地」は「三笠山(ミカサヤマ)」と称され、この「境内」は「日本」の「歴史上」、重要な「遺跡」であるとして、「国の史跡」に指定されています。
 (摂社坂戸神社境内、摂社沼尾神社境内、鹿島郡家跡も包括)
 「鹿島神宮」「境内」(70ha)のうち約40haは、鬱蒼(ウッソウ)とした「樹叢」で、「鹿島神宮樹叢」の「大きさ」は、「東京ドーム」約15個分の「広さ」を持ち、「鹿島神宮樹叢」として「茨城県指定天然記念物」に指定されています。
 「鹿島神宮樹叢」には約800種の「植物」が生育し、「鹿島神宮」の長い「歴史」を象徴するように「巨木」が多く、「茨城県内」では随一の「常緑照葉樹林」になっており、木漏れ日の中を散策するなど、「森林浴」にも最適な「スポット」となっています。
 その他「鹿島神宮」「境内」には、透き通る「湧水」で「禊(ミソギ)」も行われる「御手洗池」や、「鹿園」など、多くの「見どころ」があります。

 「鹿島神宮」の「創建」ですが、2674年前の「初代」・「神武天皇」「御即位」の「年」にあたり、「神武天皇」は、「東征」の「途上」における「大神」の「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」による「守護」に感謝され、「鹿島の地」に「大神」を勅祭されたそうです。
 これに先立つ神代の昔、「武甕槌大神」は「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」の「名」を受け、「葦原中国」といわれた「我が国」の「国譲り」から「国造り」まで、その「建国」に大いにその「御神威」を発揮されました。
 「鹿島神宮」は、その「御威徳」から「武の神」として崇められ、日出づる「東方」に坐します「鹿島立ち」の「御神徳」によって、「事始め」、「起業」、「開運」、「旅行交通安全の神」、「常陸帯」(2012年1月13日・2011年10月16日のブログ参照)の「故事」によって「安産」、「縁結び」の「神」を仰がれています。

 「鹿島神宮」「文化財」ですが、「布津御霊劔(フツノミタマノツルギ)」と称される「長大」な「直刀」が「国宝」に指定されているほか、「鹿島神宮」「境内」は「国」の「史跡」に指定され、「本殿」・「本殿」・「楼門」など「社殿」7棟が、「国」の「重要文化財」に指定されており、そのほか「鹿島神宮」は、「鹿」を「神使」とすることでも知られています。
 「鹿島神宮」は、古くから「朝廷」から「蝦夷(エゾ)」に対する「平定神」として、また「藤原氏」から「氏神」として崇敬され、その「神威」は中世の「武家の世」に移って以後も続き、「歴代」の「武家政権」からは「武神」として崇敬され、現代も「鹿島神宮」は「武道」で篤く信仰されています。

 「鹿島神宮」では80以上もの「年中行事」の中では「祭頭祭」(2016年3月8日・2015年3月8日・2014年3月5日・2013年3月6日・2012年3月2日・2011年3月6日のブログ参照)、「神幸祭」(2012年8月26日のブログ参照)、また12年に一度「午年」ごとに行われる「式年大祭御船祭」(2014年8月31日のブログ参照)が特に「有名」で、2014年9月1日(月)には、「3日間」に渡って「御船祭」が催行されています。
 (「式年大祭御船祭」「前日」8月31日(日)午後には、「御座船清祓式」(2014年8月29日のブログ参照)が執り行われました。)

 「大祓(オオハラエ)」は、6月と、12月の「晦日(ミソカ)」(新暦では6月30日と12月31日)に行われる「除災行事」です。
 犯した「罪」や「穢(ケガ)れ」を除き去るための「祓え」の「行事」で、6月の「大祓」を「夏越の祓(ナゴシノハラエ)」、12月の「大祓」を「年越しの祓(トシコシノハラエ)」といいます。
 6月の「大祓」は「夏越神事」、「六月祓」とも呼ばれ、「夏越」は「名越」とも標記するそうです。

 「行事」としての「大祓」ですが、701年(大宝元年)の「大宝律令(タイホウリツリョウ)」によって正式な「宮中」の「年中行事」に定められました。
 この日には、「朱雀門」前の「広場」に「親王」、「大臣(オオキミ)」ほか「京」(ミヤコ)にいる「官僚」が集まって「大祓詞(オオハラエノコトバ)」を読み上げ、「国民」の「罪」や「穢れ」を祓ったそうです。
 「衣服」を毎日洗濯する「習慣」や、「水」などのない時代、半年に一度、「雑菌」の繁殖し易い「夏」を前に新しい物に替える事で「疫病」を予防する意味があり、「大祓」はその後、100年ほどは盛大に行われました。
 そして「応仁の乱」の頃から行われなくなりましたが、江戸時代(1691年・元禄4年)に再開され、次第に広まっていきました。
 1871年(明治4年)の「太政官」布告にて「明治新政府」により「夏越神事」「六月祓」の「称」の「禁止」と、「大宝律令」の「大祓」の「旧儀の再興」が命じられ、「全国」の「神社」で行われるようになったそうです。
 戦後には「夏越神事」「六月祓」の「称」も一部では復活し、現在に至るそうです。

 「鹿島神宮」では、「夏越祓」について「伝承」があり、「鹿島」の「古老(コロウ)」曰(イワ)く「鹿島」では、「鹿島神宮」「境内」に「チガヤ」で作った「輪」をくぐると「病気」が避けられ、また、「チガヤの輪」は「邪神」を和(ナゴ)めると伝えられています。

 「夏越大祓式」ですが、6月30日、「鹿島神宮」「本殿」前にて行われる「罪穢れ」を祓う「半年」に一度の「神事」です。
 「夏越大祓式」は、1月から6月までの「罪穢れ」を祓い、「病気」や、「災厄」を祓うといわれている「神事」で、「夏越大祓式」では、「人形(ヒトガタ)」で「身体」を撫(ナ)で、「息」を三度吹きかけて「心身」の「罪穢れ」を移します。
 「夏越大祓式」では、その「人形」は「神事」の後に「お焚き上げ」をし、その「灰」を「御手洗川」に流すそうです。
 また「鹿島神宮」「境内」では、6月1日から「茅の輪(チノワ)」を設置し、「大祓用」の「人形」と、「無病息災」・「延命長寿祈願」の「茅の輪」の「お守り」を授受しています。

 「夏越大祓式」「当日」に参列できない「方」は、6月1日から30日までの1ヶ月間に「鹿島神宮」で、下記の「要領」で「罪穢れ」を祓い、「心」の「清澄」を取り戻すことができるそうで、「神事」の「流れ」は、下記の通りです。

 鹿島神宮境内本殿前に設置される茅の輪をくぐって、罪穢れを祓います。

 茅の輪のくぐりかたですが、鹿島神宮楼門を背に、本殿方向に茅の輪を望みます。

 一度輪をくぐり、左回りで、もう一度輪をくぐります。

 くぐったら今度は右回りでもう一度輪をくぐります。

 そして、もう一度左回りでくぐって、そのまままっすぐ本殿に向かいます。

 その後、鹿島神宮社務所もしくは特設テントにて、初穂料を渡して、人形を受けとります。
 (初穂料は随意)

 人形で自分の身体を撫で、息を三度吹きかけ、罪穢れを人形に移します。

 人形を専用の箱にいれます。

 人形は6月30日の神事の後にお焚き上げし、その灰を御手洗川に流します。

 以上が「手順」となります。

 今年(2016年・平成28年)の「夏越大祓式」は、6月30日(木)15時00分から斎行されます。
 「夏越大祓式」「当日」、「鹿島神宮」「神職」および「参列者」は「祓戸」で「祓」を受けた後、「茅の輪」の前に参集し、「神職」・「参列者」ともに「大祓詞」を「奏上」の後に「茅の輪くぐり」を行い、その後、「人形」は「御手洗川」に流し清められるそうです。

 「日本屈指」の「名社」「鹿島神宮」で開催される「罪穢れ」を「人形」に移し、清め「悪疫」を免れる「神事」「夏越大祓式」。
 この機会に「鹿嶋市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「夏越大祓式」詳細

 開催日時 6月30日(木) 15時〜

 開催会場 鹿島神宮 茨城県鹿嶋市宮中2306-1

 問合わせ 鹿島神宮社務所 0299-82-1209

 備考
 「鹿島神宮」では、「年末」の「大晦日」(12月31日)に、一年間の「罪穢れ」を祓う「神事」「年越大祓式」が斎行されています。

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| 地域情報::鹿島 | 10:28 AM |
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| お知らせ | 03:15 PM |
「大祓式」「夏越の大祓」(香取市)
 本日ご案内するのは、となりまち「香取市」「香取神宮」で6月30日(木)に開催されます「大祓式」「夏越の大祓」です。

 「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)は、「香取市」「香取」に鎮座する「日本屈指」の「神宮」で、「式内社」(名神大社)、「下総国一宮」、「旧社格」は「官幣大社」で、現在は「神社本庁」の「別表神社」です。
 「香取神宮」は、「関東地方」を中心として「全国」に約400社ある「香取神社」の「総本社」であり、「鹿嶋市」に鎮座する「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)、「神栖市」に鎮座する「息栖神社(イキスジンジャ)」(2010年11月7日のブログ参照)とともに「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)の「一社」であり、「宮中」の「四方拝」で遥拝される「一社」です。
 また、平安時代に成立した「延喜式」によりますと、江戸時代以前から「神宮」と称されていたのは、「伊勢神宮」・「鹿島神宮」・「香取神宮」の「三社」だけで、その「創建」は「神武天皇」「十八年」(紀元前643年)と神代の時代まで遡(サカノボ)る古い「歴史」のある「神社」です。
 「香取市」は「香取神宮」とともに「歴史」を歩み、数千年以上もの昔から「人々」の「崇敬」を集め、時には「地域」の「守護的」な「役割」を担ってきたそうです。
 また「香取神宮」は、古来より「軍神」としての「性格」が強く、「テレビ」などで良く目にするように「武術」の「道場」には「鹿島大明神」、「香取大明神」と書かれた二軸の「掛軸」が対になって掲げられていることが多いそうです。
 「香取神宮」の「創建」ですが、上述の「神武天皇」の「御代18年」と伝えられ、「香取神宮」の「御祭神」ですが、「日本書紀」の「国譲り神話」に登場する「建国の神」である、「鹿島神宮」の「御祭神」「武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)」とともに活躍した「神様」「経津主大神(フツヌシノオオカミ)」です。

 「香取神宮」の約37000坪ある「境内」には、「本殿」、「幣殿」、「拝殿」、「祈祷殿」、「楼門」、「宝物館」、「神徳館」、「弓道場」、「社務所」などがあります。
 中でも「香取神宮」「本殿」・「中殿」・「拝殿」が連なる「権現造」の「社殿」は、「鹿皮」のような「色」をした「桧皮葺」の「屋根」に「黒塗り」の「姿」が実に美しい「建造物」となっています。
 現在の主(オモ)な「香取神宮」「社殿」は、江戸時代の元禄13年(1700年)、「江戸幕府」「五代将軍」「徳川綱吉」公の「命」により造営されたもので、この時に「本殿」・「拝殿」・「楼門」が整えられましたが、うち「拝殿」は昭和11年(1936年)から昭和15年(1940年)の「大修築」に伴って改築がなされ、現在では「祈祷殿」として使用されています。
 この「昭和の大修築」では、「幣殿」・「神饌所」も造営され、上記のように「主要社殿」の「形式」は、「大修築」前後とも「本殿」・「幣殿」・「拝殿」が連なった「権現造」となっており、「本殿」・「楼門」は「国」の「重要文化財」に、「旧・拝殿」(現・祈祷殿)は「千葉県指定文化財」に指定されており、「現・拝殿」は「国」の「登録有形文化財」に登録されています。

 「香取神宮」「本殿」は、上述のように元禄13年(1700年)の「造営」、「三間社流造」、「檜皮葺」で、南面しており、この形式の「社殿」としては「最大級の規模」となっています。
 「本殿」は、前面の「庇(ヒサシ)部分」を「室内」に取り込んでおり、背面にも短い「庇」を有しており、「重要文化財」「指定時」の「名称」では「流造」と記されていますが、背面に「庇」を有することから「両流造」の一種とする見方もあります。
 「本殿」の「壁」や、「柱」は「黒漆塗」で、「黒」を基調とした「特色的」な「外観」であり、「屋根」は現在「黒皮葺」ですが、かつては「柿葺」であったとされています。
 「本殿」の「様式」は近世前期を象徴するもので、「桃山様式」が各部に見られる一方、慶長期の「手法」も取り入れられており、「昭和の大修築」に際しては、「本殿」にも大規模な「修繕」が行われました。
 この「本殿」に関しては、かつて「神宮」に存在した「アサメ殿」という「社殿」を継承すると見られているほか、通常の「両流造」では「本殿内」の「神座」が「身舎」(大梁の架かる建築構造上の主体部)に設けられているのに対して、「背面庇」(身舎の周囲に取り付く部分)にあるという「異例」の「形式」が指摘されています。
 「拝殿」・「幣殿」・「神饌所」は、「昭和の大修築」による「造営」、「木造平屋建て」、「檜皮葺」で、「本殿」正面には「千鳥破風」が設けられ、それまでの「拝殿」(旧・拝殿)は「丹塗」でありましたが、この「造営」において「黒漆塗」、「組物」・「蟇股」には「極彩色」が施され、「本殿」に釣り合った体裁に改められたそうです。

 「香取神宮」「楼門」は、元禄13年(1700年)の「造営」、「三間一戸」、「入母屋造」、「屋根」は現在「銅板葺」ですが、当初は「挧葺(トチブキ)」であったそうです。
 「楼門」は、「順和様」の「様式」であり、「壁」や、「柱」は「丹塗」、「楼門」内にある「随身像」は俗に「左大臣」・「右大臣」と称されますが、正面向かって「右像」は「武内宿禰(タケウチノスクネ)」、「左像」は「藤原鎌足(フジワラノカマタリ)」と伝えられています。
 また、「楼門」の「楼上」の「額」は「東郷平八郎」の「筆」だそうで、この「楼門」は、「香取神宮」の「シンボル的」な「建物」に位置付けられているそうです。
 「祈祷殿」(旧・拝殿)は、元禄13年(1700年)の「造営」、「拝殿」として「造営」、使用されていましたが、「昭和の大修築」に伴って「南東」に移築され、昭和59年(1984年)にさらに「西」へ1.5mほど移動し、「間口五間」、「奥行三間」、「入母屋造」となっています。
 「祈祷殿」の「屋根」は現在「銅板葺」ですが、当初は「挧葺」で、昭和40年(1965年)に改められたそうです。
 「祈祷殿」の「壁」や、「柱」は「丹塗」で、「拝殿」としては比較的大規模なもので、「彫刻」等の随所に「造営時」の「様式」が示されています。

 「香取神宮」「境内」には、「摂社」、「末社」が多く祀られており、「摂社鹿島新宮」、「摂社奥宮」、「摂社匝瑳神社」、「末社六所神社」、「末社桜大刀自神社」、「末社裂々神社」、「末社市神社」、「天降神社」、「末社馬場殿神社」、「末社日神社」、「末社月神社」、「末社押手神社」、「末社璽神社」、「末社大山祇神社」、「末社諏訪神社」などを祀っており、「香取神宮」「参道」「左手」に「香取護国神社」(2013年9月25日のブログ参照)が祀ってあります。

 「香取神宮」は、「香取の森」と呼ばれる12万3千平方mに及ぶ「広大」な「山林」の中にあり、「香取の森」は「荘厳」で「霊気」に満ちた「神秘さ」を深めた「空間」が広がっており、正に「神域」であることを感じることができる「パワースポット」となっています。
 「香取神宮」の「社叢林」は3.5ha(ヘクタール)、古くから「神宮の森」として古くから「信仰の場」として「大切」に保護されてきたため、「目通り幹囲鉾(幹周)」3mを越える「スギ」をはじめ、「イヌマキ」・「モミ」などの「巨木」が林立しており、「落葉」に埋もれた「古道」や「古井戸」は往時の「景観」を偲ばせ、「香取の森」は昭和49年(1974年)に「千葉県」の「県指定天然記念物」に指定されています。
 「香取の森」、「香取神宮」の「位置」する「山」(森)は、その「形状」(森の全景)が「亀」に似ていることから、「亀甲山(キッコウサン)・(カメガセヤマ)」とも呼ばれて(称されて)います。

 この「地域」は、「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「北縁」に当たり、「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)によって「徐々」に浸食された「地域」であり、「台地」「上面」は「標高」約40mであり、「浸食」が進み「谷津田」が入り組み、「島状」となった「台地」も多く、「香取神宮」を含んだ「台地」もそのひとつなのだそうです。
 「香取の森」は、「スダジイ」を「優占種」とする「自然林」と「スギ」の「人工林」とから構成されており、「香取神宮」「本殿」の「周辺」には「巨木」が多く、特に「御神木」とされる「スギ」はこの「地域最大」のもので、上記のように「目通り幹囲鉾(幹周)」は約7.4m、「高さ」35mで、「樹齢」は千年といわれています。

 「大祓(オオハラエ)」は、6月と、12月の「晦日(ミソカ)」(新暦では6月30日と12月31日)に行われる「除災行事」です。
 犯した「罪」や「穢(ケガ)れ」を除き去るための「祓え」の「行事」で、6月の「大祓」を「夏越の祓(ナゴシノハラエ)」、12月の「大祓」を「年越しの祓(トシコシノハラエ)」といいます。
 6月の「大祓」は「夏越神事」、「六月祓」とも呼ばれ、「夏越」は「名越」とも標記するそうです。

 「行事」としての「大祓」ですが、701年(大宝元年)の「大宝律令(タイホウリツリョウ)」によって正式な「宮中」の「年中行事」に定められました。
 この日には、「朱雀門」前の「広場」に「親王」、「大臣(オオキミ)」ほか「京」(ミヤコ)にいる「官僚」が集まって「大祓詞(オオハラエノコトバ)」を読み上げ、「国民」の「罪」や「穢れ」を祓ったそうです。
 「衣服」を毎日洗濯する「習慣」や、「水」などのない時代、半年に一度、「雑菌」の繁殖し易い「夏」を前に新しい物に替える事で「疫病」を予防する意味があり、「大祓」はその後、100年ほどは盛大に行われました。
 そして「応仁の乱」の頃から行われなくなりましたが、江戸時代(1691年・元禄4年)に再開され、次第に広まっていきました。
 1871年(明治4年)の「太政官布告」にて「明治新政府」により「夏越神事」「六月祓」の「称」の「禁止」と、「大宝律令」の「大祓」の「旧儀の再興」が命じられ、「全国」の「神社」で行われるようになり、戦後には「夏越神事」「六月祓」の「称」も一部では復活し、現在に至るそうです。

 「夏越の祓」は、多くの「神社」で「茅の輪潜り(チノワクグリ)」が行われ、「氏子」が「茅草」で作られた「輪」の中を「左回り」、「右回り」、「左回り」と「八の字」に3回通って「穢れ」を祓うものです。
 「釈日本紀」に引用された「備後国風土記」「逸文」にある「蘇民将来神話」では「茅の輪」を「腰」につけて「災厄」から免れたとされ、「茅」の旺盛な「生命力」が神秘的な「除災」の力を有すると考えられてきたそうです。
 また「茅の輪」の「左右」に設置する「笹竹」に「願い事」を書いた「短冊」を振下げ、「七夕」に「河川」に流すといった「俗信仰」は、「書き初め」を「どんどん焼き」で焚くことで「筆」が上達するといった「行事」と対応しているそうです。

 「香取神宮」「大祓式」は、毎年6月と、12月に行われ、それぞれ半年分の「厄災」をお祓いしており、特に「夏の大祓」を「夏越の大祓」と呼ばれ、「神事」として古くから行われてきました。
 「香取神宮」では、「大祓式」「夏越の大祓」の為に、6月中「境内」に「茅の輪」を設け、御案内しているそうです。

 この度(タビ)「香取神宮」では、6月30日(木)「大祓式」「夏越の大祓」を行うそうです。
 「大祓式」「夏越の大祓」では、上述のように半年間の「罪穢れ」を祓う「茅の輪」を「拝殿」前に設置、「紙」で出来た「人形(ヒトガタ)」(人型)に「息」を吹きかけ、「体」をぬぐって「罪穢れ」を移し、「代わり」にお祓いしてもらう「儀式」を行います。
 「大祓式」「夏越の大祓」「初穂料」は500円で「茅の輪守り」をお分けし、6月30日(木)「午前中」まで受け付け、「儀式」は6月30日(木)15時00分より斎行されます。

 「由緒」ある「下総国一宮」「香取神宮」で開催される「半年間」の「罪穢れ」を祓う「神事」「大祓式」「夏越の大祓」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「大祓式」「夏越の大祓」詳細

 開催日時 6月30日(木) 15時〜

 開催会場 香取神宮 香取市香取1697

 問合わせ 香取神宮 0478-57-3211

 備考
 「大祓式」「夏越の大祓」「茅の輪」の「茅」を引き抜いて持ち帰る「人」がいますが、本来「罪」や、「穢れ」、「災厄」を「茅」に移すことで「無病息災」を得る「風習」であるため、「茅」を持ち帰ることは「他人」の「災厄」を「自宅」に持ち帰ることになるため、「茅の輪」の「茅」を抜いて持ち帰るのは避けるべきとされています。

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| 地域情報::香取 | 10:28 AM |
「旭市いいおかYOU・遊フェスティバルプレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」(旭市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「いいおかユートピアセンター」2階「潮騒ホール」で6月26日(日)に開催されます「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」です。

 「飯岡海岸」こと「飯岡海水浴場」(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)ですが、「ビーチバレー」や、「ビーチサッカー」を楽しむことができるほどの「広大」な「砂浜」と、「遠浅」で「波」が穏やかな「人気」の「海水浴場」で、「砂浜」の「広さ」ですが、「長さ」250m、「幅」100mの「公共海水浴場」です。
 「飯岡海水浴場」の「海岸」ですが、ぐるっと弧(コ)を描くように2km近く続く「海岸線」が特徴のとても広い「浜」となっており、「飯岡海水浴場」は、「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)の「最東端」、「最北端」の「海水浴場」として知られています。
 上記のように「九十九里浜」の「最東端」、「最北端」の「海」である「飯岡海水浴場」は、「遠浅の海」で「砂浜」も広いのでゆったりと「海水浴」が楽しめ、「飯岡海水浴場」の「外」では優しくきれいな「波」が立つことから、「サーフィン」や、「ウィンドサーフィン」などの「マリンスポーツ」を楽しむ「人達」にとっても「人気」の「海水浴場」となっています。
 「飯岡海水浴場」は、「海水浴シーズン」になると「首都圏」をはじめ、「千葉県内」、「近隣市町」といった多くの「地域」から「家族連れ」や、「カップル」、「グループ」などが訪れ賑わいます。
 「飯岡海水浴場」には、「海の家」(数未定)、「無料駐車場」1000台、「無料シャワー」(2ヶ所)があります。
 また「飯岡海水浴場」のある「飯岡海岸」ですが、「日本の渚100選」にも選ばれています。

 「萩園公園」ですが、「旭市」「萩園」にある「公園」です。
 「萩園公園」は、「渚のリフレッシュ事業」により「イベント広場」、「展望台」、「駐車場」、「休憩施設」等が整備されており、「花木」が多数植栽され美しい「公園」となっています。
 ちなみに「渚のリフレッシュ事業」は、1992年(平成4年)から「建設省」(当時)(現・国土交通省)が所管している「事業」で、「渚のリフレッシュ事業」の「事業目的」ですが、「防護」・「利用」・「景観」として「海岸保全施設」、「消波工の異型ブロック」等の「整備施設」が整備されています。
 「防護」、「利用」、「景観」の「定義」は、下記の通りです。

 「防護」

 津波、高潮、侵食等から国土を守る整備を指し、これにより整備される海岸保全施設(突提、堤防、護岸、胸壁等)をいう。

 「利用」

 利用者の利便性の向上やレクリエーション・交流・教育の場を供する設備を指し、人工海浜、公共施設、レクリエーション施設等をいう。

 「景観」

 美しい景観の保全・創造のための整備を指し、植栽(松林等)、構造物の工夫等をいう。

 「萩園公園」周辺には、「歴史民俗資料館」、「いいおかユートピアセンター」などがあります。

 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」(2015年7月25日・2014年7月25日・2013年7月26日・2012年7月24日・2010年7月23日のブログ参照)ですが、毎年7月下旬に「飯岡海岸」、「萩園公園」を「会場」に2日間に渡って行われている「恒例イベント」で、「見て」、「驚いて」、「参加して」、「楽しむ」「夏のイベント」として「子ども」から「大人」、「お年寄り」まで幅広い「年代」の「皆さん」に楽しまれている「恒例行事」です。
 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」では、「芸能大会」、「夜店」、「花火大会」、「ビーチバレーボール大会」、「宝探し」などの「催し」が行われています。

 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」ですが、1993年(平成5年)に「フジテレビ」で放送された「岩井俊二」「監督」の「テレビドラマ作品」で、また1995年(平成7年)に公開された「映画作品」です。
 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は当初、「テルビドラマシリーズ」「If もしも」の「一作品」として1993年8月26日に放送された「作品」で、同年、「テレビドラマ」としては「異例」の「日本映画監督協会」「新人賞」を受賞。
 その後「オープニング」や、「タモリ」の「出演シーン」をカットした「再構成」された「バージョン」が、1995年8月12日に「映画」として「劇場公開」されました。
 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は、当時は「若手」の「テレビドラマ監督」・「脚本家」であった「岩井俊二」「監督」の「評価」と、「知名度」を一気に上げ、「映画製作」に進出させる「きっかけ」となった「作品」だそうです。
 なお、その「映像」は、「色調」の「調整」などを使って「フィルム」らしく見せる「手法」(フィルム効果、あるいはF効果と呼ばれる)を使って作成されており、これも当時「ゴールデンタイム」の「テレビドラマ」としては非常に珍しかったそうです。
 また「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は、

 「東日本大震災により大きな被害を受けた本作のロケ地と東日本復興への願いをこめて」

 と、2011年(平成23年)8月31日まで「無料」で「動画配信」されていたそうです。

 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の「あらすじ」ですが、下記の通りです。

 小学生の典道と祐介は仲の良い友達だが、実は二人とも同級生のなずなのことが好きだった。
 しかしなずなの両親が離婚し、彼女が母親に引き取られて二学期から転校することになっているとは、二人は知るよしもなかった。
 親に反発したなずなは、プールで競争する典道と祐介を見て、勝った方と駆け落ちしようと密かに賭けをする。
 勝ったのは祐介か?
 典道か?
 勝負のあとから、異なる二つの物語が展開する。

 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の「撮影地」ですが、この「作品」の「撮影」は「プロデューサー」の「原田泉」さんが、この「ドラマ」の「プロット」を読み、この「町」以外にないと断言した「千葉県」「海上郡」「飯岡町」(現在の「旭市」)で実際に行われました。
 また、「ロケ」は「飯岡町」以外に「千葉県」「海上郡」「海上町」(現在の「旭市」)、「旭市」の「隣」の「市」である「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)でも行われており、「子供たち」が通う「小学校」は「銚子市立豊岡小学校」で「当地」の「生徒」を「エキストラ」に撮影されたそうです。
 特に、「典道」と、「なずな」が「電車」を待つ「シーン」で使われた「飯岡駅」、「典道」の「自宅」として使われた「家」などは、「放送後」「数年間」に渡り、この「作品」の「ファン」が訪れる「姿」が見られたといいます。
 この地はこの「作品」の「大ファン」である「山崎貴」さんが監督し、2000年(平成12年)に公開された「映画」「ジュブナイル」の「舞台」にも使用されました。

 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が放送された「番組」である「If もしも」は本来、「主人公」の「選択」によって、その後の「ストーリー」がどう変化するかを見せる「ドラマシリーズ」であり、どちらかが「主人公」の「空想」であったり「やり直し」であったりしてはいけない、という「ルール」があり、その意味では、この「作品」の「シナリオ」は厳密には「番組」の「ルール」から逸脱しており、「If もしも」側の「スタッフ」は不満を示したと言われています。
 また、「岩井俊二」「監督」が作成した「初期」の「脚本段階」での「原稿」は「少年たちは花火を横から見たかった」でありましたが、「撮影前」に「If もしも」側の「スタッフ」の強い「意向」により、現在の「タイトル」に「差し替え」となったそうです。
 これは、「各エピソード」の「タイトル」は「〜するか、〜するか」という「形」で統一するという「ルール」が「番組」にあったためだそうです。
 このあたりの「エピソード」については、1999年(平成11年)に発売された「ドキュメンタリーDVD」、「少年たちは花火を横から見たかった」内でも詳しく触れられているそうです。

 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の「キャスト」・「スタッフ」は、下記の通りです。

 「キャスト」

 典道 山崎裕太

 なずな 奥菜恵

 祐介 反田孝幸

 和弘 ランディ・ヘブンス

 純一 小橋賢児

 稔 桜木研仁

 三浦先生 麻木久仁子

 マコト 小山励基

 典道の父 山崎一

 祐介の父 田口トモロヲ

 なずなの母 石井苗子

 安さん 酒井敏也

 露店の客 蛭子能収

 中島陽子

 「スタッフ」

 プロデューサー 原田泉

 監督・原作・脚本 岩井俊二

 助監督 桧垣雄二、行定勲、島田剛

 撮影 金谷宏二

 音楽 REMEDIOS

 企画 小牧次郎、石原隆

 制作 フジテレビ、共同テレビ

 約20年前の「旭市」(旧・飯岡町)の「舞台」、「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル海浜花火大会」が「モデル」となった、「岩井俊二」「監督」の「代表作」のひとつである「作品」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」。
 この度(タビ)「旭市」では、「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」として「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」を開催するそうです。
 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」ですが、6月26日(日)13時30分(開場13時00分)から開催され、「会場」ですが、「いいおかユートピアセンター」2階「潮騒ホール」で行われます。
 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」「詳細」(上映内容)は、下記の通りです。

 1 「岩井俊二監督からのビデオメッセージ」(約12分)

 2 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(約60分)

 3 「少年たちは花火を横から見たかった」(飯岡ロケ部分抜粋)(約20分)
   映画誕生までの経緯を追ったセミドキュメンタリー

 4 「ロケ地飯岡東日本大震災の被害、そして復興」(約15分)
   YOU・遊フェスティバル実行委員会制作

 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」開催に際し、「旭市」では、下記のような「コメント」を出しています。

 約20年前の旭市(旧飯岡町)が舞台、YOU・遊フェスティバル海浜花火大会がモデルとなった、岩井俊二監督の出世作を上映します。
 撮影当初から現在まで、時代の流れと東日本大震災による津波被害により、飯岡のまち並みは変わってしまった部分もあります。
 ですが、飯岡のまちは復興を遂げ、中でも海浜花火大会は当時と変わらぬ賑わいを取り戻しています。
 ぜひ上映会にお越しいただき、撮影当時の懐かしい飯岡の姿をご覧いただくと共に、ロケ地を巡りながら現在の飯岡の街もお楽しみ下さい。
 そして、7月30日(土)に開催される「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル海浜花火大会」でも、海岸真上に打ちあがる大迫力の花火をお楽しみください。

 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」の「入場料」ですが、「無料」でなっており、「定員」ですが、「先着」500名(当日受付)となっています。
 なお、「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」「当日」ご来場いただいた「方」に、「旭市」の「特産品」をプレゼントするそうです。

 「いいおかユートピアセンター」2階「潮騒ホール」で開催される「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」。
 この機会に「旭市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル」「プレ企画」「岩井俊二監督」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「上映会」詳細

 開催日時 6月26日(日) 13時(開場) 13時半(上映開始)

 開催会場 いいおかユートピアセンター2階潮騒ホール 旭市飯岡

 問合わせ 旭市いいおかYOU・遊フェスティバル実行委員会 0479-62-5338

 備考
 今年(2016年)の「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル2016」ですが、7月30日(土)・31日(日)の2日間行われ、「旭市いいおかYOU・遊フェスティバル海浜花火大会」は、7月30日(土)に開催されます。

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| 地域情報::旭 | 12:42 PM |
「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」(芝山町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「芝山町」「航空科学博物館」で6月26日(日)に開催されます「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」です。

 「航空科学博物館」(2011年6月7日のブログ参照)は、「航空」に関する「科学知識」について、その「啓発」を図り、もって「航空思想」の「普及」及び「航空科学技術」の「振興」に寄与し、あわせて「日本」の「航空」の「発展」に資することを「目的」に、「総合的」な「航空思想普及施設」として「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)側に平成元年(1990年)に、「山武郡」「芝山町」「岩山」に開館しました。

 「航空科学博物館」ですが、「中央棟」、「西棟」、「東棟」、「展望塔」、「屋外」からなり、「地上2階一部5階」の「建物」が構成されています。
 「航空科学博物館」「1階」「中央棟」には、「アンリ・ファルマン複葉機」の「実物大復元模型」(イラスト有り)と、「ピストン・エンジンコーナー」、「ミュージアムショップ」「バイプレーン」があり、「航空科学博物館」「1階」「西棟」には、「ボーイング747大型模型」(操縦体験可能・要「整理券」)と「ボーイング747」の「客室」・「コックピット」・「タイヤ」、「DC-8前脚」、「旅客機の胴体比較」(DC-8とYS-11)、「DC8シミュレーター」(パイロット訓練用シミュレーターを改修したもの)があります。
 「航空科学博物館」「ミュージアムショップ」「バイプレーン」には、「航空機」の「スケールモデル」など「航空関係」の「品物」をたくさん取り揃えています。
 「航空科学博物館」「バイプレーン」では、たくさんの「要望」に応え、あの「カレンダー」が戻ってきたそうです。
 「カレンダー」ですが、「世界各地」から「様々」な「航空会社」が乗り入れする「成田国際空港」の「色とりどり」の「航空機」のみならず、「四季折々」の「風景」も、美しい「航空科学博物館」周辺の「情景」の「カレンダー」に仕上がっており、「航空科学博物館」「ミュージアムショップ」「バイプレーン」にて販売しています。

 「航空科学博物館」「2階」「中央棟」には、「下田画伯」の「イラスト」による「飛行機のあゆみ」と、「日本の名機」と「歴史的」な「ソリッドモデル」、「西棟」には、「小型機」・「ヘリコプター」の「コックピット」(操縦席に座れます)と「戦前」・「現在」の「パイロット」の「制服比較」、「東棟」には、「NAAコーナー」と、「エコエアポートコーナー」、「成田国際空港」を「インターネット」や「ビデオ」、「模型」等で紹介する「コーナー」があります。

 「航空科学博物館」「2階」「東棟」にある「成田国際空港」を紹介する「NAAコーナー」ですが、2014年(平成26年)3月25日に「リニューアルオープン」しています。
 「航空科学博物館」「NAAコーナー」ですが、「成田空港ジオラマ」、「音の体験ルーム」、「情報コーナー」、「エコエアポートコーナー」からなり、様々な「方向」から「成田国際空港」について学べる「施設」となっており、白く「スタイリッシュ」な「デザイン」に一新された「成田空港ジオラマ」と、「楽しく、分かりやすく」を「コンセプト」に「内容」を一新した「音の体験ルーム」がリニューアルされています。

 「航空科学博物館」「3階」は、「展望台」(屋上)となっており、「成田国際空港」を離着陸する「ジャンボ」を間近に眺め、「迫力」ある「航空機」の「エンジン音」を体験できるようになっています。
 「航空科学博物館」「4階」は、「展望レストラン」「バルーン」となっており、「展望レストラン」「バルーン」では、「成田国際空港」の素晴らしい「眺め」を見ながら「食事」ができます。
 「航空科学博物館」「5階」では、「ガイドの説明」(土・日・祝日中心)を「参考」に離着陸する「ジャンボ」を見ることができるそうです。
 「航空科学博物館」「屋外」には、「航空機」と「多目的広場」があり、「小型機」や「ヘリコプター」の「実物」を展示、「YS11試作1号機」(イラスト有り)や「セスナ195」「朝風」(イラスト有り)等があり、「有料搭乗航空機」として「プロペラ」が回る「飛行機」や「ヘリコプター」に搭乗できる「有料体験装置」があるそうです。

 「航空科学博物館」の「沿革」ですが、下記の通りです。

 1977年(昭和52年) 地元自治体の芝山町より成田空港の開港に関連した博物館建設の要望が運輸大臣に提出される。

 1984年(昭和59年) 博物館の建設・運営の事業主体となる財団法人航空科学振興財団が設立。

 1988年(昭和63年) 博物館工事に着工。

 1989年(平成元年) 8月1日 開館。

 1994年(平成6年)  入館者100万人を達成。

 1999年(平成11年) 成田空港第1ターミナルビル内にミュージアムショップ「バイプレーン」を開店。

 2004年(平成16年) 1月18日 入館者300万人を達成。

 2011年(平成23年) 6月23日 成田国際空港株式会社が航空科学博物館敷地(駐車場)内に成田空港闘争の史実や反対派のヘルメットなどを展示した資料館「成田空港空と大地の歴史館」を建設し、開館。

 2012年(平成24年) 4月1日 公益財団法人航空科学博物館に移行。

 2015年(平成27年) 6月20日 博物館敷地内に「航空科学博物館バスターミナル」を開設。

 「航空科学博物館」では、「航空」に関する「科学知識」に関する「講習会」、「講演会」、「見学会」、「航空教室」、「セミナー」等を開催しており、「四季折々」様々な「催し」、「イベント」を行っています。
 また「航空科学博物館」では、「展示即売会」(「航空スケッチ大会」、「紙飛行機工作教室」、「航空機の部品」・「航空グッズ」の「販売」を行う「航空ジャンク市」等)などを催行しています。

 「航空無線」(エアバンド)とは、主に「パイロット」と、「交通管制官」が通信するためのもので、この「航空無線」を聞くことによって、「飛行機」の「位置」・「飛行経路」や、「空港」周辺の「気象情報」を仕入れることができます。
 このため、「航空無線」の「受信」により、「お目当て」の「飛行機」の「位置」や、「経路」などを知ることができ、「写真撮影」・「出迎え」等に威力を発揮するそうです。
 しかし、「航空無線」は、「日本語」ではなく「英語」、しかも無駄な「通信」を省くために「専門用語」の「羅列」で行われているため、初めて聞く方には敷居の高いものとなっているようです。

 ほとんどすべての「飛行機」は、「航空管制」と交信することにより飛行しており、特に「旅客機」など「IFR」(計器飛行方式)で飛ぶ「飛行機」は、「航空管制官」の「レーダー誘導」によって飛行しているため、「交信」は「進路」・「速度」・「離着陸許可」・「トラフィック」(他の飛行機)の事など多岐に渡ります。
 こういった「無線交信」を聞くことによって、あたかも「大空」の上を「飛行中」の「コックピット」にいるかのような「感じ」が味わえるそうです。

 「航空管制」の「種類」ですが、「飛行場管制」(terminal control)、「航空路管制」(enduute control)となっており、「対象」、「管制所」は下記の通りです。

 「飛行場管制」(terminal control)

 対象 飛行場周辺(管制圏)を飛行中の航空機と、空港内の航空機等

 管制所 当該空港

 「航空路管制」(enduute control)

 対象 航空路等を飛行中の主にIFR機のみ

 管制所 国内4ヵ所の航空交通管制部(ACC)

 「飛行場管制」の「セクション」、「略号」(読み方)、「内容」は、下記の通りです。

 管制承認 CLR(クリアランスデリバリー)
 出発しようとする飛行機に最終的な承認と飛行経路・高度の確認をする。

 地上管制 GND(グランドコントロール)
 地上を走行する飛行機と車両をコントロールする。

 飛行機管制 TWR(ローカルコントロールまたはタワー)
 滑走路への出入を許可する。
 離着陸も許可もここ。

 出発管制 DEP(ディパーチャーコントロール)
 離陸した航空機を航空路までレーダーにより誘導。

 進入管制 APP(アプローチコントロール)
 航空路を離れた航空機を、滑走路手前までレーダーにより誘導。

 「無線の聞き方」ですが、「無線」を聞くには「受信機」が必要で、「航空無線」の「周波数」をカバーする「受信機」を「秋葉原」等で購入できます。
 通常の「国内」の「管制」なら「VHF」と、「UHF」を聞ければOKとなっており、「国際線」の「交信」を聞くには「HF対応」の「高価」な「受信機」が必要だそうです。
 「周波数」ですが、「イカロス出版」の「航空無線ハンドブック」や、「三才ブックス」の「周波数帳」「月間ラジオライフ」などを参照となっており、特に「航空無線ハンドブック」では、「セクション」ごとにどのような「会話」が行われているのかなどの「説明」も豊富なので、かなり参考になるそうです。

 「航空無線」は「基本的」に「英語」が使用されているため、慣れるまでは何を言っているのかさっぱりわからないとは思いますが、ほとんどは「決まり文句」であり、「日本国内」で聞く限りはほとんどは「日本人」が話す「英語」であるため、慣れてしまえば簡単に「内容」を理解することができるそうです。
 「航空無線」が解ると、「上空」の「飛行機」がどのような「状態」で飛んでいて、どのような「指示」をされたのかが解り、大変興味深い、「ロマン」あふれる「趣味」となるそうです。

 「コールサイン」とは、「無線交信時」に使用する「名前」(呼び出し符号)のことで、通常の「交信」では、1相手のコールサイン、2自分のコールサイン、3用件の「順」に話をするそうです。
 (場合によって2を省略したり、「了解」などの返事の時は最後に2を言うだけのこともあります。)

 「定期旅客機」の「コールサイン」ですが、「会社」の「コールサイン」+「便名」が「コールサイン」で、主な「航空会社」の「コールサイン」(読み方)は下記の通りです。

 日本航空 japan air (ジャパンエア)

 全日空 all nippon (オール ニッポン)

 日本エアシステム air system (エアシステム)

 日本トランスオーシャン航空 J-ocean (ジェイ オーシャン)

 J-AIR j-air (ジェイ エア)

 エアーニッポン ANK air (アンク エア)

 日本エアコミューター commuter (コミューター)

 スカイマークエアラインズ skymark (スカイマーク)

 北海道国際航空 air-do (エア ドゥ)

 ちなみに「定期航空」でない「民間機」は、「通常機体番号」が「コールサイン」となるそうです。

 例・機体番号JA8824 「ジュリエット アルファ エイト エイト ツー フォー」

 「航空無線」の「交信例」の「一部」は、下記の通りです。

 管制承認

 All nippon 81, Cleared to New-Chitose airport via MORIYA 7 Departure,MORIYA, then flight planned route.Maintain FL330.Squake 3065.Read back..

 全日空81便、新千歳への出発を許可する。
 経路は守谷7ディパーチャールート(SID=標準計器出発経路)・守谷無線標識を経てそこから飛行計画通り。
 飛行高度は33000フィート。
 スクォークコード(トランスポンダー=レーダー自動応答装置の識別番号)は3065。
 復唱せよ。

 「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」ですが、「航空科学博物館」「館内」「1階」「多目的ホール」で6月26日(日)13時00分から開催される「催し」で、「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」「費用」ですが、「入館料」のみとなっています。
 「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」の「内容」ですが、「航空機」を「安全」に運航するため、「空港」への「離発着」、「海上」等「航空路」における「飛行」など、様々な「分野」に利用されている「無線」について、わかりやすく説明するそうです。

 「航空専門」の「科学博物館」「航空科学博物館」で開催される「航空科学博物館」ならではの「講演会」「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」。
 この機会に「芝山町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」詳細

 開催日時 6月26日(日) 13時〜

 開催会場 航空科学博物館 山武郡芝山町岩山111-3

 開館時間 10時〜17時(入館締め切り16時半)

 休館日  月曜日(祝日の場合翌日)

 入館料  大人500円 中高生300円 4歳以上〜小学生200円

 問合わせ 航空科学博物館 0479-78-0557

 備考
 「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」の「講師」ですが、「航空写真家」の「小久保陽一」氏がつとめ、「やさしい航空のはなし」「航空無線の楽しみ」では、「小久保陽一」氏による「撮影」に役立つ「航空無線」の「聞き方」や、「活用法」を通して「航空無線」の「楽しみ方」が講演されるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3021 |
| 地域情報::成田 | 03:02 PM |
「第33回富里スイカロードレース大会」(富里市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「富里市」「富里市立富里中学校」周辺で6月26日(日)に開催されます「第33回富里スイカロードレース大会」です。

 「富里市」は、「千葉県」の「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)のほぼ「中央」に位置している「市」です。
 「富里市」は、「東京都心」から約50km〜60km圏、「世界の空の玄関口」「成田国際空港」(WORLD SKY GATE)(2012年12月10日のブログ参照)からは「西」に約4kmに位置しています。
 「富里市」の「総面積」ですが、5391平方kmとなっており、「東西」約10km、「南北」約11kmで、「富里市」の「総人口」ですが、49985人(「男性」25517人、「女性」24468人)、「世帯数」は22119世帯となっています。
 (2016年5月31日現在)
 「富里市」の「面積」のおよそ68%以上が「山林」および「農地」、「住宅地」は14%程度となっており、「千葉県」では唯一「鉄道路線」のない「市」となっています。

 「富里市」に隣接した「自治体」ですが、「東」は「山武郡」「芝山町」、「西」は「印旛郡」「酒々井町」、「南」は「八街市」、「山武市」、「北」は「成田市」に接しています。
 「富里市」は、上記のように「成田国際空港」に隣接した「市」で、「空港周辺市町」として、「空港」とともに発展してきました。
 「富里市」の「沿革」ですが、昭和60年(1985年)には「印旛郡」「富里町」に、平成12年(2000年)に行われた「国勢調査」の「結果」、「市制施行可能最小人口」(5万人)に達し、平成14年(2002年)に「千葉県内」33番目の「市」として、4月1日に「印旛郡」「富里町」から新しく「富里市」が「市制施行」しています。
 「富里市」は、「明治の大合併」以降、「合併」を行っていない数少ない「自治体」のひとつでもあり、現在「千葉県内」では、「富里市」、「浦安市」、「鎌ヶ谷市」の3市と、「印旛郡」「酒々井町」の1町のみとなっています。

 「富里市」の「地勢」は「南北」に分かれ、「標高」ですが、約40m〜50mとなっており、「富里市」の「中央」より「根木名川」、「高崎川」などの「源」をなしており、豊かな「緑」と、みずみずしい「農」の「恵み」に恵まれた「市」となっています。
 「富里市」の属する「北総地域」の「土壌」は、「関東ローム層」であるために「水はけ」がやや悪く、「気候」についても「梅雨時」の「長雨」や、「夏場」の「高温多湿」など、決して「野菜の栽培」に適しているというわけではありませんが、「富里市」の「農家」の「皆さん」が「土地」に合った「品種の育成」や、「ビニールハウス」等の「施設の導入」、「栽培技術の向上」などの「努力」を行い、「工夫」を重ねています。
 「農家」の「皆さん」の「栽培の革新」により、「富里市」では、「農業」が盛んに営まれており、「農家数」は、平成22年(2010年)2月1日現在で1023戸、「人数」は3789人で、そのうち「すいか」を栽培している「農家」の「数」は、平成23年(2011年)現在おおよそ270戸となっています。
 「富里市」の「農業」ですが、「露地栽培」の「畑」では「すいか」の後に「人参」や「大根」を作り、「ハウス栽培」では「すいか」の後に「トマト」などを生産しています。
 その他にも、「さといも」や、「さつまいも」、「じゃがいも」や「とうもろこし」、「落花生」など、様々な「野菜」が、「順番」に栽培されています。
 また「富里市」には、大きな「川」はありませんが、「川」に近いところは、「水田」として利用しています。

 「富里市」では、特に「すいか栽培」が盛んで、「富里市」の「すいか畑」の「面積」は、平成17年(2005年)現在で「合計」333ha(ヘクタール)あり、「すいか」の「生産高」・「出荷量」ともに「全国2位」を誇っています。
 「富里市」の「すいか農家」の「皆さん」は、おいしい「すいか」を栽培するために、ほとんどの「農家」がひとつの「株」から、1個か2個しか「収穫」をしないそうです。
 「すいか」の「収穫量」ですが、だいたい10a当たり800個くらいで、「収穫」ですが、「すいか」の「出来具合」を確認しながら行い、「農家一軒」あたり一日に、だいたい400個ぐらいのようです。
 「富里市」では、1936年(昭和11年)に「すいか」が「皇室」へ献上された事から、「すいか」の「名産地」としての「名声」が「全国」へ広がり、現在「富里市」を代表する「特産品」「富里すいか」(2011年6月6日のブログ参照)として「収穫」した「すいか」は「JA富里市産直センター」をはじめ、「市場」を通じて「全国各地」に出荷されています。
 「富里すいか」ですが、5月20日ごろに収穫し、「出荷」が始まり、7月15日ぐらいまでで「出荷」は終了し、「最盛期」は、6月20日ごろで、その時期に「富里市」では「富里市すいかまつり」(2016年6月14日・2015年6月12日・2014年6月14日・2013年6月13日・2012年6月13日・2011年6月17日のブログ参照)や、「富里市すいかロードレース大会」(2015年6月20日・2014年6月16日・2013年6月21日・2012年6月19日・2011年6月17日のブログ参照)が開催されています。

 「富里スイカロードレース大会」ですが、「富里」といえば「すいか」、その「すいか」で乾いた「喉(ノド)」を潤(ウルオ)しながら走る「ユニーク」な「ロードレース大会」(フルーツマラソン)です。
 「富里スイカロードレース大会」は、毎年6月下旬の「日曜日」に「富里市」「富里市立富里中学校」周辺で開催される「市民マラソン大会」で、昨今(サッコン)では、「芸能人」が参加されるなど、多くの「メディア」でも取り上げられ、「富里スイカロードレース大会」の「認知度」も上がり、「最長」10kmの「レース」としては「国内最大規模」の計12000人の「募集定員」が「受付開始」数日で埋まってしまうほどの「人気」のある「大会」です。

 今年(2016年)で「33回目」を数える「第33回富里スイカロードレース大会」は、上記のように「回」を重ねるごとに「応募」が殺到している「大会」で、2007年(平成19年)の「第24回大会」では、「過去最多」の15702人が参加、2008年(平成19年)の「第25回大会」から「エントリー」に「定員」(全部門で計13000人)を超えた場合は「抽選」とすることになりました。
 通常の「マラソン大会」等では、「給水所」で「水」や「スポーツドリンク」、「栄養ドリンク」など「水分」を補給していますが、「富里スイカロードレース大会」では、「給水所」に「水」のかわりに「富里市」「名産」の「すいか」が用意されているという「すいかのまち」らしい趣向を凝らし「給スイカ所」の他にも多数の「給水所」も設置されています。

 「第33回富里スイカロードレース大会」の「種目・部門」、「受付定員」、「制限時間」「参加料」は、下記の通りです。

 3km 小学生男子・女子(4年生以上)・中学生男子・女子 定員800名 制限時間30分 参加料2000円

 5km 一般男子・一般女子(16歳から39歳まで)・40歳以上男子・女子 定員2200名 50分 参加料4000円

 10km 一般男子・一般女子(16歳から39歳まで) 定員5000名 制限時間80分 参加料4000円

 10km 40歳以上男子・女子 定員5000名 制限時間80分 参加料4000円

 「第33回富里スイカロードレース大会」では、12レース行われ、下記のような「ロードレース」が行われます。

  1  3km 中学生男子 
  2  3km 中学生女子

  3  3km 小学生男子 (4年生以上)

  4  3km 小学生女子 (4年生以上)

  5  5km 一般男子 (16歳から39歳まで)

  6  5km 一般女子 (16歳から39歳まで)

  7  5km 40歳以上男子

  8  5km 40歳以上女子

  9 10km 一般男子 (16歳から39歳まで)

 10 10km 一般女子 (16歳から39歳まで)

 11 10km 40歳以上男子

 12 10km 40歳以上女子

 「第33回富里スイカロードレース大会」の「ナンバーズカード」・「ランナーズチップ」の「セット」は、「参加案内」と合わせて「事前」に「参加者」の「皆さん」に送付するそうで、「前日」・「当日」の「受付」はないそうです。
 「第33回富里スイカロードレース大会」「ナンバーズカード・ランナーズチップ」「詳細」は、下記の通りです。

 1 送付は6月中旬を予定しております。

 2 大会10日前までナンバーズカード・ランナーズチップが届かない場合や住所変更などがある場合には事前に事務局までご連絡ください。

 3 大会当日にナンバーズカード・ランナーズチップを必ずご持参ください。
 忘れた場合は再発行料(1000円)をご負担いただきます。

 4 マフラータオルをご購入される方は、大会当日に引き換えてください。
 その際に引き換え券を忘れずにご持参ください。

 5 当日参加されない方は、同封の返信用封筒にてランナーズチップをご返却ください。

 「第33回富里スイカロードレース大会」の「大会スケジュール」は、下記の通りです。

  6時45分 参加賞・プログラム等引換 (〜12時00分)
      場所・特設テント (スイカのアドバルーンが目的)

  8時00分 開会式

  8時45分 競技スタート 3km

  9時15分 5km

  9時40分 10km 一般男女

 10時30分 10km 40歳以上男女

 11時50分 競技終了(タイムアップ)

 「競技」終了後、「抽選会」。
 「表彰」は「順位決定」後、随時行います。
 なお「第33回富里スイカロードレース大会」では「記録計測」に「日本陸上競技連盟」「公認」の「ランナーズチップ」を使用、「ランナーズチップ」は必ず「シューズ」に装着、なお「手」に持ったり、「ポケット」に入れたりすると計測できないそうです。
 (完走後、チップは返却)

 「第33回富里スイカロードレース大会」「給水所」ですが、「10kmコース」8ヶ所、「5kmコース」4ヶ所、「3kmコース」1ヶ所となっており、「給スイカ所」ですが、「10kmコース」・「5kmコース」の「残り」1.5km地点に設置されています。
 「第33回富里スイカロードレース大会」の「コース」上の「トイレ」ですが、各「給水所」、「救護所」に設置され、「コース」上の「距離表示」は1kmごと、「無料飲料サービス」として「スイカ」、「麦茶」、「手荷物預かり」(1件・100円)は、「富里社会体育館」、「更衣室」は、「男子更衣室」は「特設テント近く」、「女子更衣室」は「富里中央公民館」、「参加賞」は「Tシャツ」となっています。
 (大会当日、会場にて渡します。)
 「第33回富里スイカロードレース大会」の「表彰」は、下記の通りです。

 1位〜3位

 商品 賞状・トロフィー・スイカ

 表彰場所・時間 本部テント前(表彰式にて授与) ※順位確定後、随時行う。

 4位〜10位

 商品 賞状・トロフィー・スイカ

 表彰場所・時間 賞品テントにてお渡しします。 ※順位確定後、随時行う。

 11位〜20位

 商品 スイカ

 表彰場所・時間 賞品テントにてお渡しします。 ※順位確定後、随時行う。

 「第33回富里スイカロードレース大会」の「コース」ですが、「富里市」「HP」「広報とみさと」6月1日号に記載されていますので、ご参照下さい。
 なお「第33回富里スイカロードレース大会」ですが、「雨天決行」で行われます。
 「第33回富里スイカロードレース大会」「当日」の8時30分〜正午は「交通規制」が行われ、「富里市」では、「警察官」や、「大会役員」の「皆さん」の「指示」に従うなど、「御協力」を呼びかけています。

 「初夏」の「富里」を駆け抜ける「人気」の「フルーツマラソン」「第33回富里スイカロードレース大会」。
 この機会に「富里市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第33回富里スイカロードレース大会」詳細

 開催日時 6月26日(日) 9時15分〜

 開催会場 富里市立富里中学校周辺 富里市七栄652-226

 問合わせ 富里スイカロードレース大会実行委員会事務局 0476-93-1145

 備考
 「第33回富里スイカロードレース大会」では、今年(2016年)も「酒々井プレミアム・アウトレット」(2015年4月12日・2013年4月19日のブログ参照)から「駐車場」の提供をいただき、「ランナー」(5km・10kmの部)の「駐車場」として利用できるそうです。
 「酒々井プレミアム・アウトレット」の「駐車場」ですが、「」「駐車台数」は3100台分もあり、「酒々井IC(シスイインターチェンジ)」(2013年4月12日のブログ参照)から「富里スイカロードレース大会」「会場」まで約1kmと近く、「大会会場」までの「無料シャトルバス」の「運行」が運行されるそうです。
 「第33回富里スイカロードレース大会」「駐車場」は、下記の通りです。

 3kmの部専用駐車場

 富里小学校とナリコー(430台)、(株)カクタ(120台)

 5km・10kmの部駐車場

 酒々井プレミアム・アウトレット駐車場(第1駐車場A・B)(3100台)

 虹のホール富里(100台)

 ※3kmの部専用駐車場では、ゼッケンの提示が必要。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3019 |
| 地域情報::成田 | 12:52 PM |

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